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「いつまでも捨てられないもの」

読みかけの本に栞を挟む。この栞は長いこと使っている。もう二十年も前のことだ。貸してあげると一方的に渡された本に、手紙と一緒に挟まれていた。

「電話番号教えてくれたら毎日電話する。住所教えてくれたら何度でも訪ねる」

手紙の最後にそう書かれていた。社員旅行のとき飛行機で席が隣になって親しくなった先輩からだ。旅行中二人で行動することが多く距離が縮まった。前から私が好きで、旅行のとき思い切って隣に座ったと手紙には書かれていた。

応えられるはずがない。私には結婚を考えている人がいたから。それでも先輩は手紙をくれた。その文面の激しさに私は戸惑った。すぐには返事を書けなくて、社内でも目を合われられなくて、それでも私の心は決まっていた。

どんな言葉で返事をしたのか忘れてしまった。ただ薄桃色の和紙の栞がとてもきれいで、それだけ残しておいた。代わりにモネの睡蓮をモチーフにした栞を挟んで返した。

その後結婚し妊娠を機に会社をやめた。元気でいるだろうか。あの栞が私を励ましているとは思ってもいないだろう。あの時あなたに愛された事実が今も私を支えていると。

8/18/2024, 7:28:48 AM