とても疲れて帰ってきたのに、家の扉を前にして、血の気が引いた。
スーツケースの横に、手持ちの荷物を全部置く。慌ててバックの中を漁るけど、中身はぐちゃぐちゃだ。常々直したいと思っていた私の悪い癖。まさかこんな形で後悔することになるとは思わなかった。
片道約六時間。新幹線と電車を乗り継いで、実家からやっと戻って来た、大学生一人暮らしの家の前。
肝心の鍵がどこにもない。
やばい、頭が真っ白だ。こういう時は、どうしたらいいんだっけ。
全く回らない頭を何とか捻って、管理会社に電話することを思いついたけど、電話番号を控えてない。というかそれ以前に、今は日曜の二十時過ぎ。電話できたところで絶対繋がらない。詰んでる。もうやだ。
扉の前にずるずるとしゃがみ、深くため息をつく。
思えば、今日は初めから散々だった。電車に乗り遅れたり、新幹線の指定席が使えなくなったから自由席に乗ったら、人が多すぎて座れなかったり。その後もなんだかんだずっと立ちっぱなしだったから、途中で脳貧血を起こしかけたし。
やっと帰ってきてもう一歩も動きたくないのに、家に入れない。泣きたい。
思い返していたら本当に鼻の奥がツンとしてきて、慌てて上を向く。泣いたら本当にみじめになる。泣くな。
でも、どうしよう。この辺は都会という程でもない。車がないとどこにも行けない地方と違って、徒歩圏内にスーパーやコンビニ、飲食店はちょこちょこあるけど。ネカフェとか漫喫とか、そういったのは全然ないし。
唯一希望があるとするなら、大学からできた友達が、一人近くに住んでいること。
でも、間違いなく迷惑だ。迷惑かけて嫌われたくない。
何とか自分一人でどうにかできないかと考えるけど、しばらくしても何も浮かんで来なかった。
悩みながら開いてみたスマホの充電残量は一桁になっていて、悠長にメッセージを送っている暇もないのかもと思うと、ますます焦る。
とっさに勢いで電話をかけてから、じわりと後悔が襲ってきた。
やっぱり、やめておけば良かったかな。嫌われたらどうしよう。せっかく仲良くなったのに。
耳元で呼び出し音が途切れて、もしもし、と電話口から聞こえた声に、返す言葉は少し震えて。
『え、何。どした? なんか死にそうな声してない?』
「……ごめん、あの、……今、家?」
『そうだけど』
「忙しい……?」
『特に……え、ほんと何?』
唇が乾く。心臓がうるさい。
迷いながらもぽつり、ぽつりと現状を説明する。話しながらも、頭の中は悪い予感でいっぱいで。
でも、返ってきた友達の声音は、あまりにもあっさりとしていた。
『いーよ、そしたらうち泊まりにおいで』
え、と数秒時が止まる。もしかして気を遣わせてしまったんじゃ、と勘ぐったけど、全然そんな感じの声じゃない。
大丈夫、なのかな。迷惑じゃない? 本当に?
「……い、いの……?」
『ただ、今はちょっと部屋散らかっててさ。んー……三十分くらい時間潰しててくれる? 駅前のスーパー遅くまでやってるでしょ。そこに居てよ。後で迎えに行くから』
想像していた最悪とは百八十度違う現実に、力が抜ける。
優しすぎか。
急に優しくされると、緊張の糸が切れそうになるからやめて欲しい。涙出てきた。
「うー……ありがとう……」
『はいはい、遅いから気をつけてね』
鼻を啜りながら、お菓子買ってく、と言うと、じゃあパーティしよと軽く返された。聖人なのかもしれない。
あまりにも大好き過ぎるので、これからありったけの貢ぎ物を買い込んで行こうと思う。
/『一筋の光』
11/6/2024, 8:06:20 AM