sairo

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「ようやく静かになったのに、あれよりも酷いじゃじゃ馬がきたわねぇ。それも呪いの娘なんかを連れてきて」

そう言って緋色の妖は気怠げに煙管をふかし笑う。
突然の訪問者に対し驚きもせず、相手の素性も問わないその様子は、まるで最初からその訪問を知っていたようで。訪れた二人はそれぞれ妖の態度に、あるいはその存在自体に顔を顰めた。

「うわっ、本当にいた。おばあちゃんが言ってた妖」
「失礼な子だこと。訪ねて来たのはあなた達の方だというのに」

 失礼だと言いながらも、妖の表情はとても楽しげだ。かつて幾度も妖の元に訪れ物語を強請ったあの子に似た懐かしい気配に、目を細める。

「無駄足ご苦労様。お迎えが来るまで好きにしていればいいわ」
「迎え?…まさか」

表情を険しくする呪いを纏う娘の胸元を指さす。慌てて取り出された呪符は黒く変色し四隅が焦げ、もはや意味をなしていないようであった。

「これって、もうバレてる?」
「だろうね…面倒くさい」

焦りを隠そうともしない子と異なり、娘は随分と落ち着いている。だが溜息を吐きながらも、その瞳には隠しきれない怯えの色が浮かんでいるのを認めて妖は笑みを濃くすると、煙管を仕舞い二人に手を差し出した。

「せっかく来たのだから、少しくらいは付き合ってあげるわ。聞きたい事があるのでしょう?」

警戒する二人を言葉巧みに誘い引き寄せ。緋色の妖は望みを言えと、その鈍色の瞳を弧に歪めた。
言い淀む娘を見て、子は決意を宿した強い眼をして娘よりも前に出る。そして怯えも迷いもなく、高らかに告げた。

「この子に憑いてる変なやつを何とかして」
「ちょっと、何言ってるのさ」
「あと、この子がずっと探してるものを探してあげてよ。何でも知ってるんでしょう?」

遠慮の欠片もない、我が儘にさえ聞こえるその言葉。懐かしいあの子とは正反対の、けれどその実よく似ている本質に、堪らず緋色は声を上げて笑った。
不機嫌に眉間に皺を寄せ、さらに言い募ろうとする子の頭を乱雑に撫ぜて制す。仕方ないわね、と嘯いて、鈍色を煌めかせながら、語る事の出来るただ一つを二人に差し出した。

「あの坊やはどうにも出来ないわよ。その娘にとって必要だもの。探している答えは坊やの眼が視ているのだから、おとなしく待ちなさいな。でもまぁ、坊やはもう覚悟は決めてしまっているようだし、あなたもその答えの対価を差し出す覚悟を決めなさいね」
「対価はもう差し出したと思っていたけど」
「足りないわよ。あなた、何か坊やに言われて行動した事はある?」

首を振り、否定する娘にでしょうね、と頷く。

「最初は釣り合いを探っていただけのようだけど。今は少し意地になっているようね。精々頑張りなさい」

刹那、娘の体が強く背後に引かれ。
振り返る娘の視線が不機嫌な神の姿を捉え、反射的に逃れようとその身が藻掻く。その小さな抵抗すら気に障るのか、舌打ちをすると娘の顎を掴み無理矢理に眼を合わせた。

「零《れい》」

びくりと体が震え、抵抗が止まる。
その余裕のない強引な様に、妖は呆れたように溜息を吐いた。

「可哀想に。落ち着いて、相手の話を聞くのではなかったのかしらねぇ」
「覗き見とは。相変わらず趣味が悪いな、煙々羅よ」
「見られたくないというのなら、煙を立てないことね」

今にも飛びかかりそうな様子の子の口を塞ぎ動きを制しながら、妖は可哀想に、と繰り返す。
焦っている自覚はあるのだろう。忌々しげに顔を歪め妖を睨めつけながらも何も言わぬその様は、余裕がないながらも自制は効いているようだ。

「別に止めやしないけれど、まずは娘の話を聞きなさい。泣かせて後で後悔するのは坊やの方よ」
「分かっておるわ。我とて娘を泣かせるつもりなどない。いちいち気に障る妖よな」

舌打ちし、その視線が子へと移る。険しさを増す瞳から隠すように子を抱き上げると、妖は一言囁いた。

「花が今の坊やを見たら、何を思うのかしらね」

鈍色が揺らめく金を見据え。険しい表情に戸惑いや微かな怯えの色が滲む。
それは親に叱られる前の子供の表情に似て。

逃げるように娘を連れて消えた神に憐れみすら覚えながら、未だ落ち着かぬ子を制していた手を離した。

「何で止めたの!」
「あの娘には必要だったからよ。坊やの眼も、その存在自体も」
「意味が分かんない!あんな変なのが零に必要なわけないじゃない」

納得がいかないと掴みかかる子を宥め、妖は考える。
この子は何も知らない。娘の呪いの事も、神の眼の事も何一つ。

「そうね。あなたにひとつ、お話をあげましょうか。ただ一つの願いのために呪いを抱えて生きてきた、強がりな泣き虫の女の子のお話を」
「っ、それは」

息を呑む。
迷うように視線が揺れ。それは、でも、と誰にでもない呟きが溢れ落ちた。

「知らないままでいたいのならば、静観することね。何も知らないまま手を出そうとするのは、相手の邪魔をするのと同じことよ」

知らないながらも娘の助けになろうとする、その想いは尊いものだ。だが知らぬままでは何も出来はしない。
無知とは時に罪になる事すらあるのだから。
妖の言葉の真意をくみ取ったのだろう。迷いはあるものの、妖を見るその眼は逸らす事なく真っ直ぐで。

「聞かせて。零の事、ちゃんと知りたい。その上であたしに何が出来るのか、考えたいから」

覚悟を決めた強さを含んだ言葉に頷きを返し、緋色の妖は子を膝に乗せた。
懐かしいあの子にしたように、一つの物語を語り出す。

それは遠い昔。一つの誤りを切っ掛けに始まり。
永い旅を続けている一人の少女の、終わりのまだない物語だった。



20240829 『突然の君の訪問。』

8/30/2024, 6:29:35 AM