花とコトリ

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「泡になりたい」

砂浜に立ち、愛犬の黒い毛並みが潮風になびくのを眺めていた。海は今日も広く、どこまでも青い。犬は波打ち際で飛び跳ね、小さな泡の群れに興味を持ち、鼻先でつついてははしゃいでいる。私はぼんやりと、その泡を見つめていた。

泡は、波が砕ければ生れ、しばらく漂って消えていく。儚さという言葉が、これほど似合うものも少ない。その在り方が、ふと羨ましくなった。何かに執着せず、すべてを預けて、かたちも気配も残さず消えていく――そんな存在でありたいと願う自分が、どこかにいるのだろう。

愛犬は、泡をひとしきり追い終えて振り返る。濡れた鼻先に光るしずくが一粒。私は彼に微笑みかける。その一瞬、泡のように柔らかな幸福が、胸の奥に生まれては消えていった。

8/5/2025, 6:27:01 PM