緑川 悟

Open App

「のう……うら」
「のうり、な」
国語ドリルを解いていた娘の手が止まり、まんまるな目をこちらに押し付けた。
「のうり!?り?裏って書いてり!?おかしいの!」
「まあそういうもんだ。漢字ってのは」
娘はうんうんと「りねえ」と呟き、小さい手で長い鉛筆を掴んで再び書き出す。
「校舎裏……こうしゃり。ふふふ」
「裏取引……りとりひき。リ・トリヒキ。あはあははは」
どうやら裏を「り」とも読めることがよほど楽しかったのか、娘はいろんな裏を「り」と読み、笑っていた。
そうしていると、ふと脳裏に行きつけのレストランの常連だけが頼める裏メニューである、絶品まかないトルコライスがよぎった。ごくりと喉を鳴らす。
「なあ、宿題が終わったらお母さんととっておきの『裏メニュー』を食べにいこうか」
りめにゅーだやったあ!と跳ねる娘、あなたの奢りねと笑う妻。僕は仕方ないなあと苦笑いを浮かべ、書斎の引き出しからへそく裏を取り出した。

11/9/2022, 1:25:07 PM