織川ゑトウ

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『僕(ぼく)』

いつまでたっても慣れない部屋。
ほのかに香る薬品の匂い。
月夜が照らすのは自分ではなく、病室にあるうつし鏡。

いつからだろう。
私は政府の投薬実験に使われるようになった。
最初こそ拒んだけれど、どんどんどんどんと拒むのを諦めるようになってしまった。
黄色い薬。青い薬。赤い薬。
薬を飲む度に喉をぎゅっと締められるような感覚に陥る。
ただ苦しくて、辛くて、逃げ出したくて。

なんども逃走を試みた。
でも、だめだった。失敗するどころか、飲む薬の量を増やされた。
もう、死んでしまいたかった。

でも、そんな時に現れたんだ。

病室の中にあるたった一つの写し鏡。
ある満月の夜に鏡を見たら、映ってたんだ。

私ではない、誰かが。

驚き、困惑、怒り?
誰かからは感情を感じとれなかった。
だから、試しに話しかけてみたんだ。

「ねぇ、君は誰なの?」

そうしたら

「僕は君だよ」

って。確かに、私の声で柔らかく伝えてきた。
目が虚ろで、血相も悪く私だと名乗る''僕''?
正直寒気のようなものがするかと思いきや、
案外優しいサッとした風が私の心に心地よくあたった。

私の中には何故か落ち着いた気持ちが生まれていた。

それからの日々は早かった。
二人、話すこともないというのにつまらない話しを延々と続け、
たまには二人でふざけあい、たまには二人で愛し合った。

楽しかった。

飲む薬の量はずっと増え続けていたけれど、
薬を飲む度に、君の声が、姿が、鮮明に映ってきて、
私はもっともっとと薬を求めるようになった。
それを見た研究者達はいまま以上に気持ち悪がり、私を犬のように扱い始めた。

薬を床にばらまき、首輪にリード、服は何かをつなぎあわせたもの。

それでも私は欲しがった。嬉しがった。

ただ薬を求めて求めて求めて求めて

ある日、いつもと色の違う色の薬を床に一粒、置かれた。
もはや人の言葉も話せぬ私は「くぅん?」と不思議そうな顔をした。

「それを飲め。飲めばお前は解放される」

解放される?

嫌だ。私はもっとあの子と、自分と、''僕''と会いたいの!

「グルルルルゥ…ガウガウッ!!」

私は研究者達を威嚇したが、抵抗もむなしく、無理やりごっくんと薬を飲まされた。

瞬間、目の前が白い光に包まれた。
直感で私は死ぬのだと悟った。

死ぬ?…嫌だ!!嫌だ嫌だ!

私はもっと生きて、もっと薬を飲んで、もっと僕に会うの!!

ただ周りを取り巻く明るい光が鬱陶しくて私は叫び続けた。

「''僕''に会わせてよ!!」

ーーその頃の病室。

「今回も失敗か」
「あぁ。やはり、この病室で実験するのはダメみたいだ」
「なんで毎回この病室の被験者達は狂うんだろうな」
「さてな。まぁ、次来るやつは失敗しないだろ」
「被験者の命軽いなwまぁでも、全員被験者兼''患者''だからな」
「''鏡犬病(きょうけんびょう)''ねぇ…鏡をみたら犬みたいに退化する病気か…」
「まだ治し片見つかってねぇから実験か…酷い世の中だわ」
「でも鏡に触れなければ治るんだろ?あそこの部屋鏡なんかないよな」
「あるわけないだろ。そんなんじゃ計画が初めから転んじまってる」
「だよなぁ…あっそろそろ報告書書かなきゃ」
「コーヒーでも買って戻るか」

コツコツコツコツ……

…あぁ、''僕''の可愛いコレクション達。
今、迎えに行くからね。

…君も、いつでも迎えにいってあげられるよ。
これを読んでいる僕の新しい''君''


お題『病室』




8/2/2023, 1:35:33 PM