藍間

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「どうか地球に落ちないでください」
 パンっと手を打った少年を、私は横目に見た。
 固く目を瞑って手を合わせているその先には、何があるわけでもない。もちろんここは神社でもない。もぬけの殻になった学校の、そのグラウンドの端っこだ。抜けるような青空がいい心地のお昼すぎ。お腹が空く時間だ。
 ——無駄だよ。
 私は心の中で呟く。どんなに祈ったところで、隕石とやらが軌道を変えてくれるわけがない。あちらは無機物。こちらの心なんて伝わるはずもなかった。
 大きな隕石が地球に落ちる。そう報道されたのは一ヶ月前だ。有識者とやらがいつからそのことを知っていたのかはわからないけれど、私たちにとっては寝耳に水だった。
 お母さんはいまだにデマだと言って、近所の人たちに吹聴している。お父さんはニュースなんか知らないという顔で会社に行っている。学校に送り出された私は、こうして暇を持て余している。
「みんな旅行とか行ってるのになぁ」
 思わずぼやいたのは、今朝方りっちゃんから写真が送られてきたからだ。北海道だって。美味しいもの食べて、楽しいことして、そうして死ねたらいいよね。私もそう思う。
 隕石が落ちたらそれどころじゃなくなる。どこに落ちても世界は塵に覆われるんだそうで。
「お願いします!」
 と、少年の声が一際大きくなった。その必死な様子に、私は何故だか苛々した。祈ればいいだなんて、なんて純粋なんだろう。私もそう思えたら少しは楽になれるのかな。
「お願いします!」
 繰り返した少年は空を見る。そうして今度は私の方を見る。そのどこか縋るような眼差しに、私ははっとした。——そうだ。この少年だって、誰もいないこんなところで一人過ごすような子なんだ。何も思っていないはずがないのに。それなのに何で私は、こんなことで苛立ったのか。
 沈黙が、私たちの間に横たわる。反応を求められてるのはわかる。こちらの方が年上なんだから、何か言わなきゃ。でも何を言えばいい? ただやさぐれているだけの私が。
「願い事は、三回唱えるんだよ」
 私の震える唇が、そんな言葉を放つ。したり顔で、そんなことを口にする。
 何故だか無駄だとは言えなかった。まだ遠くにいる隕石に祈ったって、意味がないとも言えなかった。
 ああ、そうか。私もお母さんたちと同じなのか。今さらながらそう気づく。
「わかった」
 少年が頷く。そうしてまたパンっと手を叩く。小気味の良い音が、空へと吸い込まれていく。
 何もすることがないなら、私も神頼みでもしてみようか。空を見上げた私は、そっと目を閉じてみた。

4/25/2023, 11:23:05 AM