あ、これは夢だ。目の前の光景のおかしさに、すぐ気がついた。私が幼少期から大切にしているくまのぬいぐるみが、言葉を話しているのだ。
「ここあだよ」
くまのぬいぐるみにはココアという名前を付けていた。ココアは愛らしく片手を振った。
「しゅうしょくおめでとう!」
「ここあもうれしいな」
ぱちぱちと拍手をされる。
「いっぱいなやんできたよね、ここあ、おへんじもできなくてごめんね」
寂しそうに俯くココア。私は昔から辛いことや悩み事があるとココアに話していたのだ。否定も肯定もせず、ただ優しく私の話を受け止めてくれた。
謝らないでと伝えようとしたけど、何故か声が出なかった。
「いつもがんばってて、ほんとうにえらいとおもってるよ」
「おはなしするのはもうさいごだけど、これだけはいわせてね」
待って。まだ行かないで。そう叫びたいけど、相変わらず声が出ない。必死に喉を振り絞っても、出てくるのは掠れた息の音だけ。
「しあわせになってね!」
ビーズの瞳に涙を浮かべて、ココアは私を抱き締めた。ふわふわの身体に、ぬくもりを感じた。
────そこで目が覚めた。
「あれ、私…」
目元を拭うと涙に濡れていた。夢を見て泣いてしまうなんて、何年ぶりだろう。なんだか懐かしい夢を見ていたような。
枕元には幼少期から大切にしているくまのぬいぐるみ、ココアの姿がある。愛らしい、くりっとした瞳で穏やかに私を見つめている。
小中学生の頃はよくココアと話してたっけ。人間関係に問題を抱えていた私は、いつの間にかココアがイマジナリーフレンドになっていたのだ。
高校生になって環境が変わり、精神的にも安定してくると、ココアが話しかけてくることはなくなった。あの頃の記憶は思い出すのも辛かったから、ついさっきまで忘れていたのに。
何故今思い出したのかは分からないけれど、今の私はもうすでに乗り越えたから苦しくなることもない。新しい会社での一日目も、頑張ろうと思えた。
# 3 ぬくもりの記憶
12/10/2025, 1:00:41 PM