シオン

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 ひらひらと舞う何かを見つけたとき、ボクは首を傾げることしかできなかった。
 ほこりとか、花びらとかそういうものの類ではない、まるで自分の意思をもって飛んでいるような白いその姿をボクはこの世界で見たことがなかった。
 なんだろうこれは、と手を伸ばしかけた時、それの上から何かが覆いかぶさってそのまま下へと落ちた。
「⋯⋯生き物がこの世界に入り込むとはね」
 声も言い方も演奏者くんとは全く違うその人の声を聞いた時、背筋が伸びるような心地がした。
 黒いワイシャツに黒いベスト、少し厚手で身体のラインを隠すようなズボンに黒い革靴。
 権力者集団の中でも特に偉い人が立っていた。
「お疲れ様です⋯⋯」
「やぁお疲れ。『メゾ』、どうだいやつは」
「え⋯⋯⋯⋯『ピアノ弾き』は今の所、特に目立ったことはしてない、かと」
「なるほど。住人も少しばかり増加量は減ったものの当初の予定よりはいい水準だ」
 上機嫌で微笑んだのを見て、ボクは心の中で安堵した。正直演奏者くんと仲良くしているということがバレているかもしれない、なんて不安がずっとあったけど、とりあえず救われたらしい。よかった。
「⋯⋯⋯⋯『ピアノ弾き』はなぜここに来たのかは分かったか?」
「いいえ。相手からも敵対意識を持たれてしまってる面があるので、まずは少し親睦を深めてから聞き出すつもりです」
「敵対意識か。確かに彼の心意気とは相反するからな。敵対意識を持たれるのは当然のこと、想定の範囲内だ」
「はい⋯⋯」
「そういえばお前、これはモンシロチョウという。教養がおまえは著しく欠けていたからな。いい機会だし教えておこう」
「あ、ありがとうございます!」
「ふ。どうってことはない。それでは引き続き頼んだぞ」
 偉い人はそう言うと去っていった。
 今の所は対等なのだ、演奏者くんとボクは。
 でも、偉い人の集団から外れた時、その時は。
 叩き落とされたモンシロチョウを見ながらボクはため息をついた。
 演奏者くんが来なければ先にこうなってたのはボクの方だったのだ。
 モンシロチョウもボクも大きさは全然違うのに命の軽さは同じ。絶対的な弱者。
「⋯⋯ボクももう少し何かすごいとこがあったらな」
 そんな呟きは虚空へと消えた。

5/10/2024, 3:32:29 PM