机の上に無造作に放り出された黒い塊。研磨される前のゴツゴツしたその石を指で突きながら「君みたいだね」と呟くと、ふわりと長い黒髪が左右に揺れる。いいえ。それが彼女の答えらしい。そうかなあと食い下がろうと口を開きかけたが、彼女のくちびるが困ったように結ばれていると気づいてしまったら、もうこれ以上何も言えやしない。
幾重にも黒いレースが重ねられたヘッドドレスがこちらを窺うように揺れ、かさりと音を立てる。その帽子はオーダーメイド仕様なのか、それだけのボリュームを持つものを被っている人も、店内で並べられているのも見たことがない−−彼女のトレードマークだ。
「なんだい、レディノワール」
彼女の本名は誰も知らない。そのため街の人からは、トレードマークの色に由来する形で、レディノワールと呼ばれている。
主に天然石を扱って生計を立てている彼女の見立ては、いつ見ても見事なものだ。そう遠くないうちにこの黒曜石もだれかの手に渡るであろう。指でつまんで弄んでいると、レディノワールのやわらかな手に包まれた。
「触ってはいけなかったかな。すまない」
彼女は本名と同様にその声をだれにも聞かせたことがないが、その手がわずかに震えていたら何かしたことくらいわかる。彼女が発さないから何を訴えようとしているのかはわからない。ただいつもより肩が下がり、不安を滲ませていることは長年の付き合いから察することができる。
「君のものを勝手に触って本当にすまなかった。泣いてはいないかい」
ヘッドドレスのレースの境界線である頬に手を添えると、その上から彼女の手が重ねられる。
「レディノワール?」
まるで制止するかのような力の入り具合に驚いていると、親指がわずかにレースに引っ掛かった。あ、と言葉を漏らすより早くに手が弾かれ、その拍子にふわりと彼女のヘッドドレスが手前に大きく靡いた。
これまで隠されていた彼女の素顔があらわになる。夜空のような輝きを放つ右目。
「ああ……そうか。それで君は……」
もう一方の目はぽっかりと空になっている。見立てが間違っていなければ、この黒曜石はそこにすっぽりと収まるだろう。
絶望に染まる表情を心苦しく思いながら「君の左側に触れることを許してくれるだろうか」許可を乞う。
戸惑いの色を隠さないままの彼女が怖がらないよう努めて微笑み、その窪みにほのかに熱を分けた黒曜石を埋め込んだ。
「ほら僕の言った通りだったろう? 君みたいな石だった」
これ以上彼女の頬を滑っていく涙が見えないように肩口に引き寄せた。
【君の目を見つめると}
4/6/2023, 4:22:48 PM