かたいなか

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「先月は『無色』、今月最初は『カラフル』。で、今回は『透明』か」
さすがにもう色系のお題は来ねぇよな。某所在住物書きは、透明な水を湯に変えて、カップ麺に注いだ。
「色彩学じゃ無色と透明は別。それは覚えた」
無色のお題の方、バチクソ悩んだな。物書きは回想し、濁りを伴う透明スープから麺をつまむ。

「別に、『透明』の字が入っていれば、半透明だろうと不透明だろうと、無色透明だの透明性だのだろうと、それはそれで良いんだよな?」
透明な水、半透明なガラス、不透明な社会に、透明性を欠いた課金履歴。今年は何を書くか。
物書きは麺を食い、突発的な熱の痛みに悶絶した。

――――――

今日5月22日は抹茶新茶の日らしい。
今日も今日とて、昨日から今週の金曜日までリモートワーク中の先輩の代わりに、
3月から先輩の「上司」をしてる緒天戸へ、先輩が仕込んだ水出しの新茶が入ったボトルを届けた。

東京都内は本日最高気温24℃予想。お茶なんて、ホットは飲んでられなそうな暑さ。
明日も25℃で、明後日なんて30℃の真夏日だ。
雪国出身の先輩は、今外なんか出たら溶けちゃう。
だから暑さに慣れるまで、先輩は涼しい在宅で、淡々と、テキパキと、仕事を捌く。
「暑さに慣れていない時期に在宅を選択できるようになったのだけは、ありがたい」って先輩は言う。
令和ちゃんそろそろ温度管理資格取って(切実)

ところで。
緒天戸は先輩が淹れるお茶を、「他のやつが淹れるより美味い」ってバチクソ気に入ってる。
職権乱用、立場乱用も甚だしいけど、
その分、淹れた先輩も届けた私も、経費+時給分の御駄賃貰えるから、まぁ、いいや。

……緒天戸が言うには、先輩と緒天戸のタッグは1年未満、期間限定の予定らしいけど、
このまま緒天戸専属のお茶くみとして、
まさかとは、思うけど、ひょっとして。

さて。
「ゆたかみどり品種。鹿児島の新茶だ」
昼休憩を利用して、先輩が居るアパートに行ってみると、室内で先輩が不透明な冷茶を用意してた。
「茶の甘味が比較的多く、鼻に抜ける余韻も濃い。好きなやつは好きな味だと思う」
氷の詰まったデカンタは、濃ゆい若葉色で満たされて、からり、カラリ。澄んだ、透明な、涼しい音をたて、テーブルの上の耐熱グラスに新茶を落としてる。

「いつも淹れてくれるお茶の味と違う」
グラスを貰って、飲んで、私がぽつり言うと、
「多分新茶の特徴だ」
先輩は、デカンタに水を補充して、私に言った。
「少し、旨味のようなものを感じるだろう。新茶は新茶以外に比べて、それが比較的多いのさ」
人によっては「ホットで飲むと、かすかにお茶漬けの味がする」という人もいるらしいぞ。
カラリ、カラリ、カラン。先輩はデカンタの中身を混ぜるように揺らしながら、そう付け足した。

「先輩はどっちが好きなの?」
「どっち、とは」
「新茶と、新茶じゃない方と?」

「お前はどうなんだ」
「『なかなかすぐには決められない』?」
「ちがっ、私にも、明確な茶の嗜好くらい」
「図星のときの先輩、すぐ『ちがう』って言いたがるから、図星だね。ハイハイ」

いいんじゃない?べつに「好きな味」に明確な透明性が無くても。 私はそう言って、ちびちび、普段先輩から貰うお茶より濃ゆい感じのする冷茶を口に含む。
「ちなみに、好き嫌い関係ナシで、コレの正反対って先輩が思ってるお茶は?」
「色のことか、それとも香り?味?」
「全部」
「ぜんぶ?……ぜんぶ……」
真面目な先輩は、それでも誠実な回答を私に提示したいらしくて、額にシワ寄せながらお茶をすする。
濃い若葉の不透明を喉に通して、唇を湿らせた先輩は、最終的にすごく悩みに悩んで、ぽつり。
「川根かな……」
なにか、多分どこか、きっとお茶の産地を言った。

5/22/2024, 5:04:21 AM