かたいなか

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「秘密基地、穴場、地元民しか知らない系。
あとは、別の言い方としては『例の場所』?」
地元の絶景スポットとかは、それこそ悪質な方の観光客から守りたいから、秘密にはしておきたい。
某所在住物書きは桜のシーズンを想起した。
オーバーツーリズム問題が全国的に顕在化してきたこの頃である。秘匿は金にはならないが、その場所を保全保護する絶対条件だ。
「でも最終的にバレるんだろうなぁ……」

秘密。ひみつねぇ。
物書きはため息を吐き、天井を見る。
何億・何十億のスマホカメラがひしめく昨今、「秘密」にできている地域は残っているだろうか。

――――――

前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の花畑から、ひとりの女性が必死に逃げてきました。
女性は、ビジネスネームをアテビといいまして、
「ここ」ではないどこかに本拠地のある厨二ふぁんたじー組織、「世界多様性機構」の支援拠点、
通称、「領事館」の職員でした。

「はぁっ、はぁ、はぁ……!!」
領事館のアテビが必死で逃げておるのには、「機構」の職員ゆえの、理由がありました。
「はやく、にげなきゃ、逃げなきゃ!」
アテビは某稲荷神社敷地内の花畑で、
アテビの「機構」が敵視している組織、「世界線管理局」の局員と、出会ってしまったのでした。

機構は、あらゆる世界を平等に救うため、
滅んだ世界からこぼれ落ちた難民に、「他の世界」という避難場所を提供します。
それは「まだ滅んでいない世界」への密航という手段でもって、異世界渡航を管轄する管理局の目を盗んで、秘密裏に為されます。
管理局はこの仕事が、気に入らないのです。
滅んだ世界の全部を救って、全員を他の世界に避難させ続けていては、
いずれ、すべての世界が「滅んだはずの世界の難民」で、パンクしてしまう、というのです。

アテビを見つけた管理局員は、アテビを拘束して、きっと尋問することでしょう。
アテビが務める「領事館」の位置、そこに務める異世界人の数、東京に潜伏している滅亡世界の難民のリスト、それから、それから。
ありとあらゆることを、尋問するでしょう。

アテビは逃げて、逃げて、逃げ続けました。
そして、管理局に知られていない、アテビたち世界多様性機構の職員だけが知っている秘密の場所へ、
全力で、逃げ込んだのでした。

「はぁ、これでもう、大丈夫」
そこは、「この世界」がまだ到達できない、先進世界の技術で作られた、不思議で秘密の場所。
空間を捻じ曲げて作る、非科学の場所。
アテビがここに逃げ込めば、管理局員は原則として、絶対に、アテビを見つけられません。
「あれが、世界線管理局。なんておそろしい」

こわい、ああ、怖い。
アテビは秘密の場所で、ころんと倒れ込んで、
ぜぇぜぇ、はぁはぁ。乱れた息を整えながら、
「おそろしいけど、あのとき出会った現地住民さんの方は、優しそうだったなぁ……」
管理局員に見つかる前に、アテビが稲荷神社の花畑で出会った、「この世界」のネイティブさんを、
ポワポワ、ほわほわ、思い出しました。

「はるのようせい、キバナノアマナ」
この世界のネイティブさんの、名前をアテビ、聞き忘れてしまいました。
「とっても貴重で、珍しい花、」
名前を知らないネイティブさんは、アテビが見ていた花畑の花の、名前を教えてくれました。

『黄花の、甘菜。『春の妖精』のひとつです。
このあたりでは、とても貴重で珍しい花です』

『きっと、良いことがありますよ』

「明日もあのひと、来るかな」
管理局の局員は怖いものの、花の名前を教えてくれたネイティブさんの名前を、アテビは知りたくて知りたくてたまりません。
「花が、好きな人なのかな」
明日、また会えますように。
だけど、明日、見つかりませんように。
アテビは秘密の場所で息を整えながら、
またこの世界のネイティブさんと会えるように、そして今度は管理局の人間と会わないように、
ひっそり、誰かにお祈りしたのでした。

3/9/2025, 3:18:19 AM