針間碧

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『梅雨』

 目を覚ますと、湿気のにおいがした。そして脳が覚醒すると、サーという音が聞こえてくるのに気づく。ああ、またか。そう思いながら、私はベッドから抜け出した。
 今は六月。雨も真っ盛りの季節だ。恵みの季節ともいう。昨今梅雨といっても、長期でないうえに大ぶりで、恵みというより最早災害といってもいいような雨ばかりであったので、ここ数日の小ぶりの雨にはどこか安心感を覚える。といっても、洗濯はできないし、外にも出にくいのはやはり雨の良くないところかもしれないが。
 外は相変わらず雨が降っている。さて、どうしたものか。今日は休みなので一日中家にいてもいいのだが、なんとなく外に出たい気分もあった。悩んだ末、濡れても問題ないような服を着て、傘をさして家を出た。
 特に意味もなく、大通りを歩く。普段はごった返している通りだが、雨だからかいつもより人は少なかった。誰もかれも雨から隠れるように傘をさし、少しうつむきがちに歩いている。今の私のように。
 実際、私自身は雨はそこまで嫌いじゃない。不規則に鳴る雨音も、増えていく水たまりたちも幼心を思い出して楽しくなれる。こういう歌もあるだろう。「あめあめふれふれかあさんが」から始まるあの歌だ。今となっては忘れ去っている人も多いだろうが、私は雨が降る度この歌を思い出す。
 ところがどうだ。今の私は、周りの目を気にして、周りと同じように行動している。雨に濡れないように着込み、水たまりを避けながら歩いている。なんとなく外に出たい気分であったのに、歩いているうちに何故出歩きたくなったのかわからなくなってきた。このまま歩いていてもみじめになるだけだ。ここの道を左に曲がって、そのまま家路につくことにした。
 帰り道に、簡素な公園があることに気が付いた。そこはもう公園といってもいいのかどうか怪しいくらいに遊具のない公園であった。あるのは古びた滑り台とベンチだけ。滑り台のおかげで空き地と言われずに済んでいると言っても過言ではないのではないか。まあ、最近だとよくある公園だ。そのまま通り過ぎた。
 家について、濡れたところを軽くタオルで拭い、窓辺に座る。雨はまだ、降り続いていた。
 どんな形であれ、梅雨はやってきて、そのまま去っていく。いつも通り。いつも通りに。きっと私も変わることはできない。いつも通り。空虚な自分を自覚しながら、私はゆっくり目を瞑った。

6/1/2024, 1:51:44 PM