ただの社畜

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今日はいつもよりも疲れたな。
と、疲労の溜まった体を伸ばしながらおれはひとり静かで暗い地下の廊下を歩いていた。

今日はクリスマスの前日だ。明日開かれるどでかいクリスマスパーティーと称した飲み会が食堂で開かれる。あいつらはただたくさん食べて、飲めりゃいいだけなのに、イベントものが好きというか、騒ぐのが好きなせいで、随分と手の込んだ準備を毎年させられるものだ。毎年、毎年、よくやるなぁ。とは思うが、なんだかんだ毎回手伝っているのは、おれも楽しんでいるってことなのか。
「でもまぁ、あんなデカすぎるツリーは流石に要らんよなぁ。…んふ」
いつもは内ゲバやら戦争やらで血の気が多い奴らが、一生懸命大人数でもみの木を運んでいる図を思い出して思わず笑いが込み上げてきた。
そんなでデカすぎるツリーに楽しそうに飾り付けしているアイツらも楽しそうで。見ているこちらまで温かい気持ちになった。
こんな平和な、温かな日は少ないのだ。軍人で。しかも、戦争国家である我が国では尚更だ。日々鍛錬、戦争、治療。その繰り返しだ。
だから数少ないこの温かな日を。普通の人間に戻れるこの時間を。やっぱり大切にしたくて。今日もこの皆んなで生きていることを盛大に祝いたくて。おれたちの日常をほんの少しでも忘れたくて。
あぁ。やっぱりおれはアイツらに甘い。
知っているから。消えない過去も、地獄の日々も、これからどうなるのかわからない不安定すぎる未来への不安も。
知っているから。守りたいって思う。この軍で過ごしている間は少なくとも安全だって。肩の力を抜いてもいいんだって。安心して眠ってもいいんだって分かってもらえるように、自分の睡眠時間を極限まで削って日々監視をしているのだ。これが、おれを拾ってくれた。受け入れてくれた。信じてくれているアイツらへの恩の返し方なのだから。

そんなことを考えていると目的地についた。
重たい扉を開けたら、そこには月明かりで照らされている大きくて古いグランドピアノがあった。

おれのイブの夜の過ごし方。
それは、日付が変わる24日から25日の約1時間アイツらを思ってピアノを弾くことだった。
昔より格段にピアノを弾ける時間は減った。
でも、この日のこの時間だけは他の人に監視を任せて弾きにくる。
アイツらが褒めてくれたピアノを忘れないように。
観客なんていない。誰も聴かなくても構わない。
でも、これはおれへのご褒美でもあるのだ。
今年も全員で聖なる日を迎えられることへの感謝。
忘れてはいけない。この日を迎えるために尊き命がどれくらい散ってしまったのか。
みんなが忘れてもおれだけは忘れない。
「んふ。観客は居ないー言うたけど。おるもんな?そこに。この国を守る為に頑張ってくれたお前らが。
ちゃんと聴くんやで?おれのピアノはレアなんやから」

生きている者にも、死んでしまった者にも。平等に。

また来年もまたみんなで、アイツらで。
馬鹿騒ぎができますように。
どう足掻いても良い子とはいいきれないアイツらにも祝福がありますように。

お題「イブの夜」
桃視点

12/24/2023, 10:55:05 AM