第十三話 その妃、断言す
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「蒔いた『種』は確実に『芽』を出しました。それを、ここに御報告致します」
二人きりになった部屋で、瑠璃宮の妃――ユーファは、妃の名が書かれた調書を一つずつ置いていった。
それを見た廃離宮の主人は、「思った以上に釣れたわね」と感嘆の息を漏らす。
知っていたわけではないのか。
そう問うてみれば、「全てがわかるわけないじゃない」と、楽しそうな笑顔が返ってくる。
「この子は?」
「……金糸雀宮の妃はまだ幼い少女です」
「ふーん、そう。じゃあこの子」
「桃花宮の妃は元修道女だそうです」
「この子とこの子」
「花露宮の妃は甘い菓子にしか興味はなく、天女宮の妃は、協調性はありますが縛られるのを嫌がります」
『全てがわかるわけではない』
確かにそう言った妃は、恐らく何かを感じているか、或いは気付いている。
でなければ、無害に等しい妃たちばかりを指差すなど、辺境に棲まう離宮妃には少々難題だ。
しかし、後宮内を嗅ぎ回っている人物が先回って報告していたのなら話は別。加えてその中から一つ、鶺鴒宮の調書を迷わず開いて読むくらいには、ある程度の報告を受けていると思っていいだろう。
「女って、どうしてこうも面倒臭いのかしらね」
“彼等が瑠璃宮を去った直後接触”
“必要があれば『恋の教え』を説くと言い残す”
「『振られてざまあ』って、はっきり言えない病にでも罹ってるの?」
「遠回しに伝える方が、効果的なこともありますので」
それに、結果は初めからわかっていた。
「振られると断言した私を恨んでいないのかしら」
「残念ながら私にはそのようには聞こえませんでしたので」
それでは、これにて失礼致します。
ゆるりと腰を上げると、「一つ聞いても?」と問われ、勿論と返す。
「こんな廃れた離宮にも名はあるのかしら」
「……黄昏宮や冥土宮。それが、ここの異名で御座います」
「解釈は?」
「お任せ致します」
今度こそ去ろうとすると、背中に妃の声が掛かる。
「今度は私が、あなたに直接会いに行くわね」
『事の次第につきましては、追って使いを寄越しますので……』
あの時は、半分興味本位だった。でももう半分は、その噂にもすがる思いだったのかもしれない。
長い間心の準備だけして、それ以外は何もしてこなかった。誰にも悟られぬよう必死に隠してはいつも怯えていて。けれどそれを知るのは何より恐ろしく、そうして心は疲弊していくばかり。
……だから十分救われた。
ようやく、区切りを付けられたのだから。
「……心より、お待ち申し上げております」
妃の方を振り返ることはできなかった。
涙声にならないように、必死だったから。
宮を出るや否や、見知った顔と遭遇する。不安そうに、けれど微笑みながら、その人は誰かを待っているようだった。
「早く戻られた方が宜しいのでは? またどなたかのように、薬を盛られているやもしれませんわよ」
この程度の反撃くらいはいいだろうと、輿と遣いを探そうとした矢先、何故か目の前が花一色になる。
何のつもりか。
そう問う前に、持っていた花束を握らされた。
「ずっと、想っていてくれてありがとう。雨華ちゃん」
それが、彼なりのケジメなのだろう。
だからその花束を、素直に握り締めた。
「……あなたなんか、一生恋に振り回されてしまえばいいのですわ」
これ以上、捨て台詞に相応しいものはない。
御簾を下ろした帰りの輿の中。カミツレの香りを嗅ぎながら、静かに笑みをこぼした。
『後日、その男を遣わしましょう。事前に伝えておきます故、その時に試してくださいまし。男が一体、何を選ぶのか』
そして、彼は選んだ。
それが、彼の答えだった。
だから、妹と言われてもつらくはなかった。
「最後に、うかと呼んでくださって、ありがとう」
あなたを想っていた時間は、本当に……最初から最後まで、心から幸せでしたわ。
#花束/和風ファンタジー/気まぐれ更新
2/10/2024, 9:40:41 AM