『やりたいこと』
軽快な電話の呼び出し音を聞きながら、オレはため息をついた。
本当はこんな電話、するつもりじゃなかった。でも、もう時間もない。致し方ない。
唐突に呼び出し音が切れた。
「はーい」と間延びした彼女の声が聞こえる。
「もしもし、今、話せるか?」
「あー、いいよ」
オレの問いに彼女は明るい声で応える。
「ってか、どうしたの。君から電話してくるなんて。珍しいね。何かあった?」
「イヤ別に」
オレは口早に否定した。
「ただ、ちょっと聞きたいことがあって。お前、何か欲しいもの無いか?」
「ははぁ、なるほど」
彼女が勝ち誇ったように言った。電話越しでも、彼女のニヤニヤ笑う顔が目に浮かぶ。
「もしかして、私の誕生日プレゼント?」
図星だった。
当初は、こっそりプレゼントを用意して、ビックリさせようと思っていた。
でも、いくら考えても、何をプレゼントすればいいのか、オレには分からなかったのだ。
ブレスレットや髪飾りなんかを探してみたけど、種類が多くてよく分からないし、
彼女がアクセサリーをつけている姿を、オレはあまり見たことがない。
ぬいぐるみは子供っぽい気がするし、花を贈るのは、こっぱずかしくてオレが無理だった。
「そうだよ」
オレは白状する。今更隠すつもりも無い。
「せっかく贈るなら、お前の欲しいものを用意したいからな。で、どうなんだ? 何かないか?」
「んー、特に無いかなぁ」
彼女のあっさりした答えに、オレは小さく肩を落とす。
「じゃあ、行きたいところとか、やりたいこととか、ないか?」
「んー、特に行きたいところは……あ、でも、やりたいことはあるなぁ」
「なんだ、やりたいことって?」
「君と、たくさん話がしたいな。今みたいに」
そう言う彼女の声はまっすぐだった。
照れも、ごまかしも、取りつくろった感じもなかった。
「だって、いっつも私ばっかり話してるもん。だから、君から私に話しかけてくれるの、うれしくってさ。って、聞いてるの?」
オレは電話に向かって「聞いてる」と慌てて返事する。
でも、本当は上の空だった。
突然熱を帯びた耳のせいで、電話が熱くって、話どころじゃなかったのだ。
6/10/2023, 2:26:20 PM