『勿忘草(わすれなぐさ)』
Forget me not.
(わたしを忘れないでください)
○○○
勿忘草は、青紫の小さな花だ。
僕の最愛である彼女の大好きな花だ、愛した花だ。
彼女が勿忘草を手に笑うことは、もうない。
僕は無言で、勿忘草の花束を墓石に捧げた。
「天国に、勿忘草は生えているのかな」
ポツリと僕はそう呟く。
旅行好きの僕がまだ行ったことのない場所。
いつか僕も行くことになる場所。
天国に思いを馳せつつ、僕は彼女の冥福を祈った。
今日は青天だ。
まるで勿忘草の花畑のような、雲一つない青空。
僕は真冬の冷たい空気をものともせず、ひと呼吸した。
冷たい澄んだ空気が肺に溜まる。
生きている、そう実感した。
もう動かない、感じない彼女と違って。
彼女は笑顔が似合う女性だった。
よく人助けをしている人だった。
僕がなんで、自分の利益にもならないのにそんな事をするのかと聞いたとき、彼女は笑ってこう言った。
『わたし、忘れられるのが怖いの。だけど人に優しくしていたら、死んだときに覚えている可能性が増えるじゃない?』
と。
真夏の太陽のような笑顔が眩しくて、僕は目を細めたのを覚えている。
「僕は、忘れないよ——忘れられるものか」
僕は無言で取り出したエンゲージリングを取り出した。
「あともう少し早ければ、君は奥さんになってくれていたのかな……なんて」
片方のエンゲージリングを花束の横に置く。
あぁ、今日は本当に空が青いな。
きっと天国では勿忘草の花がたくさん咲いているのだろう。
おわり
2/3/2026, 1:21:21 AM