池上さゆり

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 ここではないどこかを求めて、私は初めてパスポートを作った。有効期限は十年間。その間に見て回れる世界を歩こうと決めていた。そして、その終わりも。
 まず初めに私は台湾へ行った。意外と日本語がわかる現地の人もいたりしてびっくりした。目がチカチカしそうなほど眩しい照明が並ぶ街の中でご飯を食べた。
 次はマレーシア、シンガポール、フィリピンと東南アジアを回った。そこからユーラシア大陸に戻って、インド、ロシア、モンゴル。もちろん、ヨーロッパにも足を運んだ。アメリカやカナダ、そこから南下してブラジルやチリ。アフリカ大陸にも行った。
 十年で全てを見て回れるとは思っていなかったが、それでも十分すぎる旅だった。最後に私は、フィリピンの海を選んだ。そこで、パスポートが切れるまでの間住み続けた。現地の言葉はわからなかったが、最後までみんな明るく受け入れてくれて、本当に嬉しかった。こんな自分でも生きていいのだと思わせてくれた。
 そして、遠くの街へと逃げ続けた終わりの日がやってきた。
 日本を出てからちょうど十年。帰りの航空チケットは取っていない。片道切符で出かけた私は、元より戻るつもりなんてなかった。
 海底まで見える透き通った青が広がる海に私は飛び込んだ。どこまでも泳いでいける気がした。これでも、学生の頃は水泳の大会に出ることもあったぐらいだ。体力には自信があった。限界が来るまで、全身を動かし続ける。後ろから聞こえていた人々の声も聞こえなくなって、泳ぐのをやめる。深く、深く、深く潜っていく。これが一番苦しいやり方だとはわかっていた。だから、これを選んだ。息の限界がきて、思わず口を開けてしまった。一気に体内へ海水が入り込む。苦しい、逃げたい、まだ、死にたくない。それでも、海底から見上げる光が差し込み、ゆらゆらと揺れるその景色はとても美しかった。

2/28/2024, 10:41:26 AM