『鳥のように』
傍聴マニアと呼ばれる友人に誘われて、とある小さな地方裁判所で行われた窃盗事件の傍聴に行ったことがある。
被告人は40代前半の男性で、なんでも商店街の路地裏から段ボールを何十枚も盗んだらしい。
本人も犯行を認め、粛々と裁判は進んでいった。
最後に何か申し述べる事はないかと訊かれ、被告人はこう言った。
「満足のいく翼が作れなかったのが残念です」
一瞬、ポカンとした空気が廷内に漂った。
隣で友人が身を乗り出す気配がした。
裁判官の一人に説明を促され、被告人は滔々と段ボールによる翼の作成方法について語ったが、最後にこう締めくくった。
「空を飛んでみたかった。鳥のように」
イカロスか!
廷内の何人かは、きっと私と同じツッコミを心の中でしたことだろう。
すると、それまで黙って聞いていた年嵩の裁判長が砕けた口調で言った。
「この暑いのに、太陽に近づいたら熱中症になっちゃうよ」
今度は被告人がポカンとする番だった。
「もっと爽やかな季節の方がいいんじゃないかなぁ。それに、人に迷惑をかけるのは駄目だよね」
閉廷の合図と共に、裁判官たちが退廷していくのを見ながら、友人が私の腕をつついた。
「今日はなかなか当たりだったな」
それは認めざるを得ない。
8/22/2024, 4:15:58 AM