【さよならは言わないで】
「アルフォンス。君とは必ずまた会えると信じている。だから、さよならは言わないでくれ」
そう言ってウォーレンは微笑んだ。
僕は『でも』と言いたくなって唇を噛んだ。
彼は異国からの留学生だった。王位をめぐる争いから逃げるように遊学に出た王子様。ウォーレンの故国には五人の王子がいたものの、最近、第二王子と第三王子が相次いで亡くなっている。第四王子は後ろ盾が弱く、末子のウォーレンが国に呼び戻されることになったのだ。
では第一王子はと言えば、生まれつき体が弱いらしい。足に障害があるとも言われている。それでも第一王子を王位にと願う王妃が、側妃の子供たちを暗殺したのではないかという噂があった。王妃の実子は第一王子だけなのだ。第五王子であるウォーレンが国に帰れば、彼の身も危ないかもしれなかった。
「大丈夫。私がこの国で何を学んできたかは知ってるだろ?」
「それはもちろん……」
ウォーレンが専攻していたのは薬学だ。調合の腕は確かなものだし、素材に関する知識も豊富である。
「私が薬を作りたいと思ったのは第一王子の兄上のためだ。国に帰ったら、兄上のお役に立ってみせるさ」
ウォーレンはそう言うけれど、すでに異母弟を二人排除しているかもしれない方が、彼の薬を信じて飲んでくれるだろうか。
「私は王位に野心はないし、兄上が健康になってくださればそれが一番いい。アルフォンスはこの国の宰相補佐官になるんだろ?」
「一応はその予定だよ」
今の宰相閣下は僕の伯父にあたる。縁故だと言われればその通り。でも、実際に仕事をこなせるだけの知識は身につけてきたつもりだ。
「いつか私の国に来てくれ。国交はあるんだ、きっと機会はある。君が来るまでに国内の問題を落ち着けておくと約束するよ」
この国は比較的暖かく、僕は本の中でしか雪を知らない。北方にあるウォーレンの故郷はもっと寒いらしい。雪景色を見にくればいいさ、と彼は笑った。そして「またな」とだけ言って国に帰っていった。
五年後。北方の国を訪れた僕は、伯父と共にその国の国王陛下の前に膝をついていた。面をあげよと声が掛かって、そっと見上げた先にはかつての友の姿があった。伯父の挨拶をちゃんと聞いていたのかどうか、ウォーレンは嬉しそうに僕に笑いかけてきた。
「やあ。久しいね、アルフォンス。また会えて嬉しいよ。たった数年だというのに本当に懐かしいな」
「……国の太陽たる陛下に直にお声掛けいただけるとは、身に余る光栄にございます」
ウォーレンの眉がきゅっと寄った。
「堅苦しいのはやめておくれよ」
そういうわけにもいかないだろう。今の彼は国王陛下で、周囲には人の目があるんだから。
ウォーレンが留学から戻って間もない頃、この国を含む北方の地域で流行り病が蔓延した。元々体が弱かった第一王子はウォーレンの薬で一命を取り留めたものの王妃が亡くなり、先代の王は後遺症が残って退位を決めた。後継者にウォーレンが指名されたというわけだ。
「約束通り君に雪景色を見せよう。春までゆるりと滞在するといい」
王になった友が笑う。僕は膝をついたまま頭を下げた。
「お言葉に甘えさせていただきます」
けれど、僕は結局、春になっても帰れなかった。信頼できる側近が欲しいというウォーレンが僕を離してくれなかったのだ。
二人きりになった時に僕は尋ねた。
「あの病で当時の王妃殿下だけが助からなかったのですよね。あなたなら薬を作れたのでは」
「アル」
僕を愛称で呼んで、ウォーレンは僕の唇に指先で触れた。
目を細めて友が笑う。
「滅多なことは言わない方がいい。この王城で長生きしたければね」
「ウォーレン……」
敬称ではなく名を呼べば、笑顔が曇った。
「色々あったのさ。色々な」
12/3/2024, 10:18:46 PM