「優しくしないでって言ってんだろうが。」
目の前で全裸の大人が私へ怒鳴っている。私が優しさを履き違えたせいだ。表裏を履き違えているパンツを気にせず怒鳴り声の主は急いで着替え部屋を出ていった。
オプションで注文されていた「豚野郎」と呼ぶのを躊躇して「ぶたさん」呼びを3回してしまったこと。要求されたビンタをする度にすみませんとつい謝ってしまったこと。その他もろもろを含め私がこの事態を引き起こした原因だ。
初めての夜職だから怖い人が少なさそうなこの店を選べばまだ安心と思っていたのが甘かった。人には優しくしなさいと言われ続けて育った私にはこの仕事は過酷だった。
しかし、早々にもう辞めてしまいたいとまでは思わなかった。私に染み付いた優しさによって誰かを不快にさせたままで終わるのは自分を許せないと思ったからだ。
まだきっと間に合うはず。ドアを開け姿を探すと廊下で店長さんとお互い大人の顔をしながら大人の話をしようとしているところを見つけた。今この瞬間にやるしかない。
「帰ってこい豚野郎、続きをしてやる。」
信じてきた優しさを反転させて私は叫んだ、いや罵った。覚悟を決めた声は震えておらず廊下を真っ直ぐ通過した。
「すみません、実はこれもプレイの一環なんです。あの子のまま延長でお願いします。」
私の声を聞いた豚野郎は少し笑みを含めながら店長さんにそう伝え体をこちら側に向けた。
私は今日、もっと優しくなれた気がする。
5/3/2024, 8:05:26 AM