爪の隙間に土が詰まっていた。そして小石が肌を引っ掻いて赤い線を作っても気にしていられなかった。ぬめった何かの生きものがいて、大きな岩も埋まって塞いでいる。
嫌なものは避け、右も左も上下もわからないままもがき続けておよそ半日。男はようよう這い出た先で月を見た。
獣の呼吸が鼓膜を揺らし、それが自分の喉から鳴っていることを知る。ひとみが大きく拡大して興奮を如実に表していた。
それから、その様を高い針葉樹がじっと見下ろしていた。
四半刻後、やがて男の頭が垂れて手足を視認する。見るに耐えない死者の装束をおぼつかない手つきで脱ぎ捨てて、裸で走り出した。
ざわざわと木々が騒ぐ木立を逃げる。その影が右に左に揺れて男の顔を過ぎていく。
土地も方角もわからないままだった。しかしそれでもここではないどこかへ。
起きたばかりの男の胸中も、右に左にと忙しなく揺れていた。
4/17/2023, 3:20:18 AM