天音

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やってみたかったんだよね、と明るく言って笑ってみた。

嘘じゃない。この変化を楽しむ気持ちは、自分の心の
どこかには確かにあった。
事情を知る友達は「おぉ、そっか・・・」と言って、反応に困っていたけれど、それでも本心から褒めてくれた。

     「似合ってるよ、ショートヘア」


美容院の予約をしたのは、告白する一週間前でした。
1コ上の部活の先輩。もう引退していて、直接会っても
ゆっくり時間は取れないから、通話で言うことにした。

高校生の歳の差は大人のそれとはワケが違った。
それでも正直、やれるだけのことはやったね。いわゆる「アプローチ」ってやつ。機会があれば話しかけて、LINEでもやり取りした。誕生日プレゼントを渡したり、部活後に本屋に行ったり。仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。
私と先輩は、不思議と会話の波長が合ったから。

片想い歴、一年と少し。部員のほとんどは私の想いに
気づいていたけれど、先輩はバカみたいに鈍感でした。

ぼおっとしているように見えて、実は話を聴いていて。
人に話しかけるのは苦手だけど、話してみるとユーモア
ある秀逸な返しで楽しませてくれて。
気が抜けるくらい楽天家だけど、人の機微に気づく。

とても優しいひと。ずるいひと。ひどいやつ。

振られるだろうな、って分かってても告白しようと
思ったのは、先輩があまりにも能天気で、私ばっかり
必死なのに、何だか腹が立ってきたからです。

せめて知っておいてほしかった。先輩がどれだけ
素敵な人で、私が一緒にいてどれほど楽しかったのか。
あと、記憶に残るような人になりたかった・・・ってのも。
ちょっとだけ。

美容院の予約をしたのは、告白する一週間前でした。
初めてのショートヘアは色んな人が褒めてくれて、いい
気分転換になってくれた。先輩にも言及されたのは、
予想外だったけど。誰が原因だと思ってるんですか。
ありがとう。あなたを好きになって本当に良かった。

うん。
私はこの恋を「失」ったとは言わないかな。
先輩のことは今でも普通に好きです。でもそれは、もう二度と観ることのない好きな映画に似ている。綺麗に
終わったものに対して欲は湧かない。

ただ「ほんとうにばかな人」って。そう、愛おしそうに笑ってしまうだけ。それだけ。


#25 失恋

6/3/2024, 2:50:23 PM