「おはよ。」
僕の1日はその一言で始まる。朝に弱い僕を迎えに来る幼馴染の、低くて耳に馴染む声。寝起きに聞くとうっかり寝てしまいそうになるほど心地よくて、でも声が聞きたくて頑張って起きるのがルーティンだった。
眠気でふにゃふにゃの挨拶を返して、パジャマを脱いで制服に着替える。欠伸を零しながら食パンを齧って、ぼやける視界の中で靴紐を結んだ。
「行ってきまーす……」
共働きの両親は、僕が寝ている間に家を出てしまう。誰もいない部屋に惰性で声をかけ、彼の横をのろのろとした歩みで並んで歩いた。
「今日授業何〜……?」
「国数体英理、あと家庭科。」
「うへぇ……」
見事に全部嫌いな教科。まぁ、好きな教科が美術しか無いのだから当然だが。
僕があまりにも嫌そうな顔をするので、彼はおかしくなってしまったのかケラケラ笑い出した。
「……っふは……めちゃくちゃ嫌そー。」
「当たり前〜……」
わざとゲンナリした表情のまま彼を見上げると、尚更ツボに入ったらしい彼は小刻みに震える。そんな彼がおかしくておかしくて、僕までつい笑ってしまった。
こんなルーティンを、僕はもう人生の3分の1くらい送ってきた。終わりが来るなんて思いもしないで。
その日は寒さで、雪が舞っていた。
「はよ。」
寒いのか、彼もいつもよりもふもふとしていて、布団の外の寒さに参っていた僕は彼の上着に埋もれたりして戯れていた。そんな中で告げられた別れだった。
「あ、そうだ。俺引っ越すことんなった。」
どうすればいいか分からなくて、引きつったような笑顔のまま固まっていた気がする。息が白く凍り付いて、手足は急速に冷えていく。その日以降も彼の態度は普段通りで、いっそ夢だったんじゃないかとすら思った。
けれど、現実はそれを夢にはしてくれなかった。つい昨日、彼の乗ったトラックが走り去っていくのを、ぼんやり見つめていた。
ぱち、と目が覚める。彼の声じゃない、真冬の刺すような冷たさで。
誰もいない家も、体に残る眠気も普段通り。でも、彼はもうここに居ない。
朝が嫌い。朝日が嫌い。溢れんばかりの光が嫌い。
昨晩は彼と夜通し離した。あの月明かりが欲しくて仕方ない。
あれだけ行くなと願った月は、もう地球の反対側まで行ってしまった。
僕はその日の夜になって、生まれて初めて目覚まし時計をセットした。
テーマ:行かないでと、願ったのに
11/4/2025, 8:04:23 AM