海月

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「 涙の理由。」/ フィクション。

休日の昼下がり、私は駅の改札口である人を待っていた。気になっていた人、悠太と初めてのデートだった。緊張と不安が入り混じり胸が高鳴る。でも、それ以上に私を押し潰そうとしているのは、駅のざわめきや人々の喧騒だった。

私は感覚過敏だった。大勢の人がいる場所や、急に大きな音が鳴る場所では、体が硬直し頭の中が混乱してしまう。それでも、悠太と一緒に過ごしたいという思いが勝り、今日のデートを楽しみにしていた。

「大丈夫、今日は大丈夫だよ。」そう自分に言い聞かせていたけれど、すでに心臓は不規則に鼓動し、呼吸が浅くなっているのが分かった。

「お待たせ!!」

悠太が駆け寄ってきた。彼の無邪気な笑顔を見ると、少しだけ気が紛れた。

「行こうか、映画館もうすぐだよ。」彼は私を促し、二人で駅を出た。外に出た瞬間、街中の音が一気に押し寄せてくる。車のクラクション、通行人の足音、交差点の信号音――どれも普段なら聞き流せるものばかりが、今日は鋭い矢のように私に突き刺さる。

映画館に着くまでの数分間が、永遠のように感じられた。頭の中が真っ白になり、周囲の音が一層大きくなっていく。手が震え、額には冷や汗がにじんできた。視界の端で、悠太が何か話しかけていたが、言葉がうまく聞き取れなかった。

「どうしたの?」

突然、悠太の声がクリアに響いた。彼の顔が近づいているのに気づき、私は慌てて笑顔を作ろうとした。

「なんでもない、大丈夫だよ」と言ったが、声が震えていた。

映画館に入ると、暗闇と静けさが少しだけ救いだった。これで落ち着けるかもしれない、そう思ったのも束の間、映画が始まると大きな音が私を再び襲った。場面ごとに響く爆発音や群衆の歓声、すべてが私を追い詰める。耳を塞ぎたくなる衝動を必死にこらえていたが、限界が近づいていた。

「ちょっと、ごめん」

私は小さな声で言い、立ち上がって席を後にして廊下に出た。そこで初めて、押し殺していた涙が一気に溢れ出した。

こんなはずじゃなかった。もっと普通に、悠太と一緒に楽しみたかったのに。彼に迷惑をかけたくなかったのに、結局自分はこうして逃げ出してしまう。なぜこんなに些細なことが、私にはこんなにも辛いのだろうか。

気づかないうちに、彼が私を追いかけて来ていた。

「大丈夫?」

「ごめんね、私、ちょっと人混みが苦手で……」

悠太は私をじっと見つめた後、優しく頷いた。

「無理しなくていいよ。外に出ようか?」

その一言に、再び涙が溢れた。涙の理由は、悠太の優しさに触れたからだった。そして、こんな私でも理解してくれる人がいるという安心感が、私を包んでくれたからだった。

結局、その日は映画を見ずに静かなカフェで過ごした。悠太は何も言わず、ただ私の話を聞いてくれた。その時間が、私にとって何よりの救いだった。

涙を流した後の空は澄んでいて、少しだけ世界が優しく感じられた。

10/10/2024, 12:17:04 PM