かたいなか

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「冬、そうだよ、冬の筈なんだよな……」
すげぇ。東京の天気予報、来週木曜最高20℃だってよ。某所在住物書きはスマホ画面の、予報とカレンダーとを見ながら、ため息を吐いた。
「冬が来る」ってなんだっけ。秋っていつのハナシだったっけ。
例年の気温は?去年今頃何着て何食ってた?

「冬、ふゆ……?」
大丈夫。ちゃんと一部地域で雪降ってるし、予報によりゃ北海道は来週末最低気温マイナスだし。
冬だよ。今は、多分、冬だよ。物書きは己に何度も、何度も言い聞かせた。
「冬になったら、鍋焼きうどんにちょいと七味振って、熱燗に軟骨の唐揚げとか、良いなぁ……」

――――――

最近最近の都内某所、某ホテル内のレストラン。
部署こそ違えど昔そこの従業員であった藤森と、その親友の宇曽野が、ビュッフェスタイルのモーニングを、宿泊客に混じり堪能している。
例年通りならばそろそろ晩秋、あるいは初冬の気温分布である筈の東京は、本日最高16℃予想。
週間予報によれば、来週の水曜から金曜にかけて、20℃近辺が続くようである。

「故郷にUターンの件だが、結局白紙になった」
わずかに塩胡椒と、それから山椒の効いた目玉焼きを、ぷつり箸で割り切る藤森が、ぽつり呟いた。
「知ってる」
片っ端から肉を野菜を片付けている宇曽野。名目上のベジファーストで食すのは、ブランド豚を使った冷しゃぶサラダだ。
藤森の発言に対して、驚いた様子は無い。
「お前の後輩から聞いた。あいつ、俺が頼んでもいないのに、全部ペラペラ話したぞ。『先輩の厄介事がやっと解決した』と。『東京から出ていく必要が無くなった』と」

良かったな。お前の8年越しのトラブルが解消されて、東京での仕事を辞める理由も無くなって。
付け足す宇曽野は、豚肉で巻いた野菜を、ぺろり口に放り込む。
途端、味変で少し付けたワサビが悪いところに当たったのだろう、額にシワ寄せてベジスープを飲んだ。

「ところでお前、田舎に帰るのが白紙になったとして、今年の年末は、どうするつもりだ。せっかくコロナも5類になっただろう。実家に、顔くらい?」
「何故それを聞く」
「嫁と娘が行きたがってる」
「は?」
「3〜4年前、お前の帰省についてっただろう。大量の雪にダイブして本物の吹雪を見てきたと言ったら、目をキラッキラに輝かせてな。『冬になったら連れてって』と」

「………」

さてどうしよう。藤森は目玉焼きを箸でつまんだまま、視線を遠くに寄せて思考した。
藤森は、雪降る田舎からの上京者であった。
故郷は道端に山野草が、田んぼに絶滅危惧種が咲き、地平線に巨大な風車が乱立する、
いわば、過去の自然と現在の利権がいびつに絡み合った、発電町である。
再生可能エネルギー産業と自然が共存し得るかどうかはこの際議論しない。
「暖冬の予想」である。気象庁は今年の冬を、「例年より気温が高い可能性がある」としていた。

冬になったら寒く、雪が積もる。それは藤森の故郷では当然の現象であった。
その冬の中、下手に暖かくなると、日中の暖気で雪が溶けて夜の「極寒」で凍結して、
藤森の田舎名物、自動車ホイホイ、一般道路に入場料無料のスケートリンクが完成するのだ。
毎年何百台の車が滑走して、回って、道路脇の田んぼに突っ込みアチャーされることか。

その中を帰省するのか?
私単独ならいざ知らず、親友をレンタカーに乗せて?
なんなら親友の嫁と一人娘の命も預かって?
下手をすれば彼が「今年の冬藤森の実家に行くんだぜ」と後輩に喋った結果として、自分抜いて計4人?

藤森は口をパックリ開いた。
ちょっと怖くなかろうか。

「……冬になってから決める」
切り割った黄身がトロリ移動する目玉焼きを、いそいそ舌に乗せながら言う藤森の、
何を根拠に、何を警戒して、何を恐れているかも分からぬ宇曽野は、ニヤリいたずらに笑った。
「もう冬だろう?カレンダーの上では」

11/18/2023, 3:22:20 AM