それは異質な光景だったーー。
とある村の丘の上には、村を見渡すように一つの石像が置かれていた。
その石像の顔から涙の痕があったのだ。
その日には雨も降ってもいない。近くに水源は無い。だというのに、石像の顔に涙の痕が残されている。
これは一体どういうことなのか。偶然そうなっていて今日たまたま気づいただけなのか。
あるいは何か不吉なことの前触れとして、石像が涙を流したのか。
それとも単に誰かの質の悪い悪戯なのか。
いずれにしても、石像を祀っていた村では大騒ぎとなった。
本来ならば頼りになるべき大人たちがざわめき、子供たちは大人たちの異変に不安に駆られ、泣く者まで出ていた。
石像の涙からの大騒ぎに波紋が生じていた。
だが、突然その波紋は静まることになる。一人の詩人がギターを鳴らしたから。
そして、詩人は語り始める。
石像にまつわる悲恋を。乙女の憂いを。騎士と悪魔の所業を。
詩人が語り終えると静まっていた村人たちは一斉に歓声を上げた。
詩人の語りが素晴らしかったのもあるが、古くからある伝説を思い起こさせたから。
すなわち、乙女と騎士と悪魔の伝説を。
歓声を上げ終えた村人たちは詩人に感謝した。あのまま騒然としていたら、村がどうなってしまっていたのか分からなかったから。
もしかしたら、伝説の中にいる悪魔の手によって、疑心暗鬼に陥ってしまいかねなかったから。
その危険性を無くしてくれたことに村人たちは感謝していた。
その感謝を背に詩人は別の地へと去っていったーー。
10/10/2024, 11:06:58 AM