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『形のないもの』

 よく勘違いされるが、周囲はオレのことを『愛を知らない』だの『愛の持つ力を信じていない』と思っている節があるが、酷い誤解だ。むしろ、オレほど愛のことをよく理解している人間はいない。
 愛の力は偉大だ。愛ゆえに人は己の持つ以上の力を発揮できるが、同時に愛ゆえに人は破滅に向かう。
 人は愛の力を過信するあまり、何があっても疑問に思わない。目の前に死んだ人間が現れたり、とてもあり得ない事象が起ころうが、愛ゆえに人は盲目となり、勝手に自分を納得させちまう。その結果がさっきの三人だ。
 自分が殺した師匠が目の前に現れたというのに。
 自分の姉が不自然な形で正体を現したというのに。
 自分自身が「兄は死んだ」と認めているというのに。
 奴らは疑い、或いはオレの仕業と分かっていたにも拘らず、最終的に愛を忘れられず倒れた。奴らの姿が滑稽で仕方なかった。

 それを、目の前のこいつにも教えてやらねばならない。愛も涙も捨てたと言うが、そんな人間がいるはずがない。人は愛を忘れることなどできない。人は愛の奴隷なのだ。
 ――ほら、やっぱりだ。心の奥底に、封印されたかのように眠る一人の少女。愛を捨てたなど笑わせてくれる。お前も奴らと同じだ。オレの命が尽きる前に、思い知らせてくれる。
 オレは嘲り笑いながら立ち上がった。

9/25/2023, 12:00:19 AM