「くるくませんせー、何見てんの?」
ソファに座ってスマホとにらめっこしながら唸っていた椋は、後ろから自分を呼ぶ声に顔を上げる。
「あーゆじくん、おかえりぃ」
「ただいま!」
陽気な挨拶に、輝く笑顔。元気で大変よろしい。
可愛い生徒を前に、さも先生らしいことを思って頷いていると、ふたたび悠仁が尋ねてくる。
「先生なんか唸ってたけど、どうしたん?」
「あぁ、なんてことないよぉ?来年のカレンダーが続々と出始めたからどれ買おうかなーって悩んでただけ」
振り返ったまま端末画面を近付けて見せると、悠仁はソファの背に腕を乗せて乗り出す形で覗き込んでくる。
「へー…カレンダーっていっぱい売ってんだね!
俺カレンダーって買ったことないかも。家もじーちゃんがどっかでもらってきたやつ使ってたし」
「そぉなの、そういう人けっこー多いんだよねぇ!
買ってたとしても100均で済ませたりとか、そもそもスマホのスケジュールで十分って言う人もいるけどぉ、お金出すとやっぱかわいさと凝りようが段違いなんだよお?」
画面をスクロールしながら多種多様なカレンダーを見せていくと、虎のデザインの物が目に入り、椋はひらめく。
「そーだ!ゆじくん来年のカレンダーなんか買ってあげるよ!百聞は一見にしかずってね!」
画面から椋へと視線を移して、まばたき一つ。
悠仁はへらっと笑う。
「や、俺はいいよ、使わなくてもったいねえってなりそうだし」
いい笑顔だけど、先程のような輝きがない。椋にはお見通しだった。
この拒否は、遠慮でも、無精でカレンダーを使用しないということでもない。
来年のカレンダーを使い切るまでの未来を見据えていないからだ。
それでも。
「それでもいいよ。ぼくが来年をプレゼントしてあげる」
「…え」
「置物になってもいいから!未来を飾っておくのも悪くないって、ね?」
「来曲先生…」
悠仁はへにゃりと眉を下げたが、それでいい。
ここでくらい素直に顔を作らないでいたらいい。
「さぁ、どれがいいかなぁ〜?ゆじくんが選ばないならぼくがセレクトしちゃうよお?このかわいい虎柄のとかー、日めくりもいいかな!毎日1問問題解かなきゃいけないの!もしくはこのゴージャス過ぎて使いづらいやつとかぁ」
「わあー待って!それは俺の部屋には重荷すぎるって!」
椋だって誰だって、このカレンダーをめくる頃、自分がどうなっているかなんてわからない。
でも、そんなのはどうでもいい。
今日の次に明日があるのを文章化されたら、明日だって生きられる気がしてくるのだ。
【カレンダー】
9/12/2024, 9:35:51 AM