いろ

Open App

【エイプリルフール】

 君のことなんて大嫌いだ。吐き捨てるように呟いた僕に、君は小さく目を瞬かせた。
「……ええ、知っているわ」
 そんな悲しそうに視線を伏せるくらいなら、口元に浮かべた笑みなんて消してしまえば良いのに。そういうところが、昔からずっと気に食わないんだ。
「でも私は、貴方のことが好きよ」
 その台詞が出てくるということは、どうやら全く気がついていないらしい。まあそもそも、深窓のご令嬢さまはどうせこんな世俗的な風習を知りはしないだろうと踏んで、口にしたのは僕なのだけれど。
 物心ついた時からずっと、守るべき相手と教え込まれてきた主君。蝶よ花よと愛でられ育てられた、世間知らずの麗しきお嬢さま。
 僕の全ては彼女のためにあるのだと、そう大人たちは口々に言った。僕の人生に自由はない。ただ彼女に従い、彼女を守る人形であることだけを求められた。
 だけど彼女本人だけは、いつだって僕の意思を尊重しようとしてくれた。貴方はどうしたいのと、そう穏やかな声で問いかけてくれた。だから。
 正午を知らせる時計塔の鐘が、高らかに響き渡る。肺の奥まで、深く息を吸い込んだ。
 今まで一度だって、言葉にしてこなかった気持ち。それを今日、伝えよう。ご当主様に逆らってまで、僕をこの家から解放してやってほしいと進言してくれた、世界でただ一人の愛すべき優しい主へと。

 ――嘘だよ。君のことが、大好きだ。
 

4/1/2023, 12:56:28 PM