お題「心の灯火」
心の灯火が消えていく。一つ、二つ、三つ、四つ……。
赤い色は不幸の色。青い色は同情の色。緑の色は痛みの色。黄色は失望で茶色はエゴ。白は忘却で黒は終わり。紫色は依存の色で、桃色は孤独。橙色は犠牲の色で、灰色は迷いの色。その他諸々。
たくさんの想いを抱えて、複雑にこじれた色に染まった灯火が、透明になって見えなくなる瞬間がある。
それがいつ、どうしてなのかは、まだ分からない。けれど、混ざりあった色が消えて透明になる瞬間があるのだけは確かだ。
そして透明になった人は、こじれた色の人たちよりも幸せそうに見えた。
もしかしたら、透明は、幸せの色?
確証はない。だから、知りたいと思った。
――透明な色は、どんな色?
「最近どう?」
透明になった知り合いに聞いてみる。
どう?なんて漠然と問いかけられても困るだろう。でも透明になったのだから、それ相応の何かがあった筈だ。
「私、もうすぐ転職するんだ」
その人は、介護士として働いていた。介護の仕事が好きで、もっと職場の環境を良くしたいと常に頑張ってきたのを知っていたから、意外だった。
「どうして急に?」
「うん、何か、介護はもういいかなって」
そう言って苦く笑った彼女の心の灯火は、透明だった。
またある人は、こう言った。
「転職するのやめて、ここで頑張ることにしたの」
「それは、どうして?」
「結局、ここのほうがマシかなって」
誤魔化すように笑った彼女の心の灯火も、透明。
この二人だけではなく、他に尋ねた人たちも口々に最近自分がした選択についてを話してくれた。
これをやめた、あれをやめた。こっちじゃなくてあっちにした。こう思っていたけれど、気にしないことにした。
たくさんの、“やめた”を聞いた。
心の灯火は、みんな透明だった。
「私ね、親と同居することにしたんだ」
「え、あんなに嫌がってたのに?」
「何かさ、こうなったらもう仕方ないのかなって」
また、だ。
たくさんの人の話を聞いて、気付いた。
透明になった人たちの語る言葉には、共通のものがある。
――もう、いいかな
――まだマシなほう
――仕方がない
どれも、前向きとは言えない言葉。だから、聞いた。
「今、幸せ?」
返ってくる言葉は、どれも似たようなもの。
「まぁ、普通かな」
決して不幸なわけではない。けれど特別、幸せになったわけでもない。
透明は、幸せの色?
そうだったらいいと思っていた。だけどきっと、そうではない。
あれもこれもを諦めて、折り合いをつけて。不幸にはならない無難な選択をすることにしたから、他の色より幸せそうに見えただけ。
だからきっと、透明は、諦めの色だ。
―END―
9/30/2023, 11:12:42 AM