にえ

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お題『木漏れ日』
タイトル『帰ろっか』

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まとめは
【カクヨム】か【note】
『わんわんとさっちゃん』
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『警察に連絡しなきゃ』なんてことは頭からすっぽ抜けていた。とにかく見つけなきゃ、という一心で、やみくもに走り回った。

 皐月に何かあったらどうしよう。
 連れ去りや事件に巻き込まれていたらどうしよう。
 事故に遭っていたら——

 パトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。それは私を追い抜き、近所の公園の前で停まる。
 私の顔から血の気が、ザアァーっと引いていった。
 なんで最初にここに来なかったの、私のバカ!
 ここは大事な場所じゃないの!
 皐月が、コハナちゃんと一緒に、あんなにも飽きるくらい遊んだじゃないの!!
 私はもつれる足もそのままに、公園へと駆け込んだ。

 結論から言うと、皐月じゃなかったけど、皐月はいた。
 いや、これだと言葉が足りなさすぎる。
 救急車に運ばれたのは皐月じゃなかったけれど、桜の木の下、ベンチの上で、あの青いハンカチを握りしめて膝を抱えた皐月がいた。
 ストレッチャーで寝ているのが皐月ではなかったことへの安堵と、運ばれていく少年に対する申し訳なさを味わい、次の瞬間『だったら皐月はどこにいるの!?』とすっかり狼狽えた。
 しかし、そこにきて振り返ったら皐月がいて、拍子が抜けしてしまったのだ。
「さっちゃん。ここで何してるの?」
 私は皐月の隣に腰を下ろした。
「ここにきたら、せんさーがきくかなって」
「……【せんさー】?」
 なんのことだかさっぱりわからないでいると、皐月は鼻先を膝の間に埋める。
「おかあさん、よく言ってたじゃん。さっちゃんにはコハナちゃんせんさーがある、って」
 あー、そっか。それでここに来たのか。
「だけど、ぜんぜんだめ。せんさーこわれちゃった。コハナちゃん、どこにいるのかわかんないよ……」
 ひっく、ひっく。
 小さな肩が震えたかと思ったら、私の首根っこにしがみついてきた。
「……帰ろっか」
「っく、ひっく……」
 皐月はすっかり落ち込んでいて。でも、こういうときくらいは甘やかしてもいいと思うのよ。
「さっちゃんの大好きな、かぼちゃのシチュー、作ってあげる! 食べてくれるよね」
「おなか、すいてない」
「空いてないなら空くまで待つわよ」
 よしよし、しっかりお泣きよ、我が娘よ。木漏れ日を受けて輝く緑髪を指で梳いた。

 甘やかしついでに家までおんぶをしてあげることにした。

5/7/2025, 11:56:29 AM