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何でもないフリ

物事の変化に気づける人ってどれくらいいるのだろう。
あきらかに昨日と違うものの変わりようには少なからず何かあったのかと思うはずだ。
人もそう。前髪切ったの、シャンプー変えたの、メイク変えたの、
普段見ている人の外見は気づけなくもない。
でも、気持ちだけは分からない。
笑顔の盾はその泣いている心も隠してなかったことにさせてしまう。

待ち合わせの場所の5分前に着いたと同時にポケットのスマホが鳴った。
『ごめん、少し遅れそうです』のメッセージが彼女が申し訳なさそうな声とリンクする。
遅刻を人一倍気にしている彼女のことだ、なるべく早く着くように急足でくるに違いない。
『大丈夫だよ。あせらないで、ゆっくり来て』僕はそう返信する。
彼女が時間を守れなかった自分を責めて暗い気持ちになってないといい。
せっかく久しぶりに会えるのだから。
『ごめんね、ありがとう』トーク画面に新規の吹き出しを確認して、トーク画面を遡る。
二週間前くらいからお互いに空いてる日があるかのやり取りが続いていた。
学生の僕と社会人の彼女とでは、生活リズムが当たりまえに違っていた。
僕は僕で大学の友達付き合いや、アルバイト、4年生だから卒業に向けて何かとバタバタしている。彼女も彼女で仕事があるし、プライベートで寛ぎたいときもあるから、休みだからって会おうという期待はしていない。
時間が合えば会おうのスタンスでいるから、1ヶ月会わないなんてときもザラにある。別に恋人同士でもないから、普通のことだ。

しばらくスマホを眺めていると、肩に軽い衝撃が走る。
『ごめん、お待たせ』
肩で息をした彼女が乱れた髪を手櫛で整えながら言った。
『そんなに待ってないから大丈夫だよ。来てくれてありがとね』
『こっちこそだよ!』
ぶんぶんと大袈裟に手を振るが、今日は彼女が合わせてくれた日だ。わざわざ予定を合わせてくれたことが僕は嬉しかった。
『とりあえず、行こうか。お腹空いてる?』
腕時計の針は11時の半分を回わりそうだ。
『うん、朝ご飯みかんしか食べてない』
『まじか。それだけで足りるの?』
『最近お腹の調子悪くて、あんまり食べれなかった』
僕が心配する前に、「でも薬飲んだから大丈夫」っと彼女が笑う。女性だから体調の変化もあるのだろう。
それでも、食べることを幸せだと言っていた彼女がご飯を抜くことが不思議に思える。以前なんか、風邪をひいて寝込んでいるときにアイスを食べたいと所望してきたし、食べたい欲のために料理の仕込みを早朝からやる本格っぷりだ。

そうこうしているうちにお店に着いた。
僕たちが遊ぶ日は決まってここだ。洋風料理が食べれるチェーンのレストラン。メインがほぼパスタやピザが占めているが、その種類の多さに驚く。見開き1ページにいくつものメニューが並んでいる。
何度も食べに来ているのに、彼女はいつも同じものしか頼まない。
『季節のメニューとか期間限定はだめ。どんな味なのか分からないから心配で、食べれなかったらどうしようって思っちゃうの。一度食べたことのあるものなら安心でしょ?』とのこと。外食の冒険はしない。
ちなみ僕もペペロンチーノしか頼まない。辛いものが好きだから。
『最近どう?なにしてたの?』
注文を済ませると彼女は口を開いた。
『この間、就職に必要な資格試験が終わって、やっと解放されたところだよ』
『そっかぁ、お疲れ様だね。じゃあ今日は合格祝いだ』
『大したことじゃないよ、ただの資格試験だよ?』
『いーの、いーの。今日はデザートを奢ってあげよう』
ケタケタと得意気に笑う彼女につられて頬が緩む。
『ありがとう。そっちはどうなの?』
ふいに彼女の表情が固まる。
『…うーん、私は仕事行って、帰ってきて、ごろごろして…っていつも通りかな』と弱々しく笑った。
自分のことを話すのに詰まるのは昔からある癖だけど、その様子に違和感を覚えた。
『お待たせしました。チーズカルボナーラのお客さま』
彼女の名前を呼ぶ声に料理を持ってきた店員さんの声が重なった。
『わあ!美味しそうだね』
料理を目の前に彼女の表情は戻ったので、僕は違和感をパスタに巻きつけて一緒に飲み込んだ。

食後のデザートを堪能して、僕たちは外へ出る。結局、彼女は我慢できずに自分もデザートを食していた。
今日は彼女が買い物をしたいそうなので、適当にふらふらショップを巡った。
隣を歩いてて思ったことだが、彼女は見ない間にどんどん可愛くなっていると思う。髪も丁寧に編みこまれているし、服の色味のバランスもいいし、彼女によく似合っている。
髪なんか一本結びがいいところだった。
『めっちゃ練習したからね』
僕が聞いたら恥ずかしそうにまた笑っていた。
努力家なところは尊敬する。
僕もかっこよくなりたい欲は少なからずあるけれど、ほぼ諦めている。僕は僕で、このままで、まあいい感じだ。
『見てー!かわいくない?』
休憩に立ち寄った珈琲店で彼女が興奮気味にはしゃぐ。
ラテアートがオーダーできるようで、歴代に作ってきたラテアートの写真が飾られている。女の子が好きそうなサービスだ。
彼女は猫のラテアートを頼んだ。
『すごいちゃんと猫に見える』
『そりゃ猫だからね』
かわいいと愛でる彼女を僕はアイスティーを飲みながら見ていた。
彼女は散々眺めてから惜しむようにカップに口をつけた。
『美味しい…さすが猫だけあるね』
『なんだそれ』
『なんかこうやってのんびりするの久しぶりだからかな…染みるね』
えへへっと彼女が笑う。
その表情が痛々しくて僕は顔をしかめる。
『なにかあったの?』
『なんでもないよ!ラテが美味しいなって思っただけ』
嘘だ。何かあったときヘラヘラするのも、彼女のくせだ。
『嘘つき。キミの何でもないは何かあるときだよ』
がんばり屋さんで、思いやりがあって優しくて、それなのに自分には厳しい彼女。優しすぎて他人優先にして、いっぱいになるまでがんばる。
『何年幼馴染やってると思ってるの?』
その度に見てきた。彼女が落ち込んで、元気になって、またいっぱいになるまでがんばって、なんでもひとりで抱えようとするところを。
『そうだね、やっぱ分かっちゃうかな…』
力なく笑った瞳が揺れる。
『話聞くぐらいはできるよ。力になれることならやるし。いつも言ってるじゃん』
辛いことがあったときは落ち込んでいい。
悲しかったら泣いていい。
ひとりで全部抱え込まなくていい。
『何でもないフリして、笑わらなくていいから』
キミの悲しさを笑顔の盾で隠さないでいて欲しいんだ。

12/12/2022, 6:39:50 AM