「あ!花火はじまっちゃったんじゃない?」
「ホントだ!ドンぱち聞こえるー」
ドンぱち?銃撃戦かよ。
屋台の中から声のした方へ目を向けると、高校生くらいの女の子が二人、走り出すところだった。
この場所から花火はよく見えないので、もっと見やすい場所へ移動するのだろう。
走ると言っても浴衣姿なのでスピードは遅い。
多分、体操服姿でのスキップより遅い。
彼女たちが走り出しても、下駄の音はしなかった。
きっとサンダルを履いているのだろう。
サンダルって言っても便所サンダルじゃないやつだ。
おしゃれなやつ。
キラキラしてて、チャラチャラしてて、なんか華奢な造りのやつ。
目の前の透明な箱の中にも、一つ飾ってある。
いかにも女の子の目を引きそうなやつだ。
まぁ、さっきの子達にはサイズが合わないだろうけど。
透明な箱の中にはサンダル以外に、数々の駄菓子やカップ麺等が並べられ、その全てに紐がついている。
品物から繋がった紐は箱から引き出して束にされ、どの紐がどの品物に繋がっているのかはわからないようになっている。
お客さんは束から一本紐を選んで引き、その紐の先に繋がった品物を手にすることができるのだ。
まあ、くじ引きみたいなものだ。
紐を引いて景品を釣り上げるので、宝釣りと呼ばれている。
ちなみに、景品に高価なゲーム機とかは無い。
祖父からこの屋台を引き継いだ時点で、景品は一新し、ほぼほぼ駄菓子にしてしまった。
一回の料金は100円なので、うまい棒ならハズレで、アーモンドチョコなら当たりの気分を味わえるだろう。目玉商品はBIGサイズのポテチやカップ麺の詰め合わせ。
もちろん、これら目玉商品と繋がる紐も、お客さんが引く紐の束の中にある。
祭りで小遣いを全部使い切るタイプの小中学生男子に〈駄菓子ガチャの屋台〉と呼ばれ、そこそこ人気だ。
毎年、花火が上がるお祭りの日には、この場所で、この屋台を出している。
儲けなど無いが、儲けが目的では無い。
カコッ カコン
花火の影響ですっかり少なくなった人の流れをボーっと眺めていると、ふいにすぐ近くで下駄の音がした。
屋台の前に、小さな女の子が立っている。
こちらからは、白地に朝顔模様の浴衣の肩までしか見えないが、きっと下駄を履いているのだろう。
下駄は足が痛くなると聞く。
この女の子になら、景品のサンダルのサイズも合うだろう。
「こんばんは」
女の子に声を掛けると、彼女は黙ったまま、小さな紙片を差し出した。そこには〈一回無料〉と走り書きのように書かれている。
「じゃあ好きな紐を選んで引いてね」
彼女はすぐに一本選び、紐を引いた。
ちょうどその時、花火が空に上がる、ひゅーという音がして、何だか彼女が紐を引く音のようだった。
透明な箱の中、彼女が引く紐に引き上げられたのは、〈一回無料券〉と無愛想に手書きされた段ボールの切れ端だった。
「はい、これ。おめでとう」
そう言いながら、先ほど彼女から受け取ったばかりの紙片を返す。
彼女は嬉しそうな様子を見せた後、屋台の前で屈んで見えなくなった。
少ししてから、そっと身を乗り出して屋台の前を覗いて見るが、そこにはもう誰もいない。
今年のサンダルも、〈一回無料券〉に敵わなかったか。
パイプ椅子に体を戻す。背もたれに背をつけると、汗で服が濡れているのがわかった。
この宝釣りの屋台は、祖父が、祖父の友人から引き継いだものだ。
祖父の友人は、ある年の花火が上がる祭りの夜、屋台の前でじっと紐の束を見つめる女の子を見つける。
「一回100円だよ」
と声を掛けると、その子は黙ったまま首を振った。
祖父の友人は、金が無いなら邪魔なだけだと思ったが、あまりにも熱心に紐を見つめる女の子に同情し、ちょうど花火が上がる時間で客足も無かったこともあり、
「特別に、一回だけ引いていいよ」
と、言ってやった。
彼女は驚いた様子を見せたが、すぐに一本選んで紐を引いた。
彼女が引き当てたのは、〈一回無料券〉と無愛想に手書きされた段ボールの切れ端だった。
祖父の友人は笑って、
「おっと、お嬢ちゃんラッキーだね。もう一回引けるよ」
と言った。
しかし、女の子は首を横に振ると、どこからか小さな紙片を取り出して祖父の友人に差し出し、もう片方の手で、〈一回無料券〉と書かれた段ボールの切れ端を指差した。
「え?今引かないの?券にして欲しいってこと?」
祖父の友人は、不思議に思ったが、まぁいいかと女の子に差し出された紙片に〈一回無料〉と書いてやった。
「はい、これ。おめでとう」
そう言って女の子に紙片を渡してやると、女の子はとても嬉しそうに微笑んだ。
そして、突然屋台の前で屈んでしまい、姿が見えなくなったという。
祖父の友人は、女の子が転んだのかと思い、慌てて屋台から飛び出したが、女の子の姿はもうどこにも無かった。
「その子が毎年遊びに来てくれるんだよ」
と、祖父の友人は、祖父に話したそうだ。
どうしても外せない用があるから、自分の代わりに屋台番をして欲しいと頼まれた、その年の祭りの日から、友人とは連絡が取れなくなったという。
祖父からこの話を聞いた時の感想は、
「友人は選んだ方がいいよ」
だった。
祖父が病に伏せた6年前の冬、祖父から、自分が死んだら祭りの屋台を引き継いで欲しいと頼まれた。
花火が上がるお祭りの日には、必ず屋台を出して欲しいと。
祖父はその後、桜が咲く前に亡くなった。
世話になった祖父の最後の頼みだし、面白そうでもあったので引き受けた。
以来毎年、花火が上がるお祭りの日には、この場所で、この屋台を出している。
屋台を出さなかったらどうなるのだろう。
どうなるのか、祖父は知っていたのだろうか。
屋台を頼むと言った祖父の、怯えたような顔を思い出す。
死を前にして、死よりも恐れるものとは何なのだろうか。
6年前からずっと、朝顔の浴衣の肩までしか見えない女の子。
顔を見ているはずなのに、何故か髪の長さすら覚えられない女の子。
今年のサンダルもダメだったけど、来年こそは〈一回無料券〉よりも彼女が欲しがる物を探して用意しなければ。
あの無料券は切符だ。彼女がここへ来る切符。次の年への約束。
あれを彼女から取り上げない限り、花火を見ることはできない。
終わり
7/29/2024, 9:51:06 AM