すゞめ

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『君と紡ぐ物語』

 シンプルイズベスト。
 服は着るか脱ぐかの選択しかない彼女が、第3の道として「飾る」を導入してきた。
 もこもこふわふわとした白いロングワンピースのパジャマを着込んだ彼女はまさに天使。
 フリルになった袖口からあざとく覗かせる指先には、寝室に持ち込まないはずの携帯電話まで握られていた。

「ねえ。写真撮って」
「はい♡ 喜んでーっっ♡♡」

 珍しい彼女からのオーダーが舞い込み、テンションが上がる。
 バストショットからフルショット、調子に乗っておこがましくもツーショットまで好き放題に撮りまくった。
 ここからが本番だと一眼レフを取りに、一旦、休憩を挟む。
 戻ったら寝室の電気が消されていて、嫌な予感がした。
 そっと扉を開ければ、撮影会に飽きてしまった彼女が毛布に包まって眠っている。
 健やかな寝息を立てていたため起こすこともできず、全俺が泣いた。
 あどけない寝顔を1時間ほど撮ることで溜飲を無理やり下げたのが、1週間ほど前である。
 しかも、翌日になっても撮った写真を1枚も俺に送ってくれなかった。

   *

「……あの、前に撮ったもこもこパジャマの写真……1枚でもいいのでいただけませんか?」

 悔いが残りすぎて、寝支度をしている彼女に直談判する。

「あ。そうだ。面白いの作ったんだ」

 彼女は俺の直訴をさらりと流し、カバンの中身をひっくり返した。
 そして1枚の紙切れを俺に手渡す。

「みんなで作り上げた最強の女」
「なんて?」

 みんなって誰だよ。

 時々アホになる彼女は、なんの前触れもなく突拍子のないことをする。
 目頭を押さえ、俺は紙切れを受け取った。
 紙切れの正体はL版の写真。
 写真に映った人物を見た瞬間に投げ捨てた。

 あ、待った!?
 やっぱ顔だけくり抜いておきたい!
 顔だけはかわいかった!

 捨てた写真を拾いに戻ろうとしたとき、彼女が大きな声をあげる。

「んなああぁ!? 魅惑のオッパイになんてことするの!?」

 魅惑のオッパイって……。
 ずいぶんと盛ったなとは思うけども。

 床に落ちた写真を拾い上げて、再度、例のもこもこパジャマを着た被写体に目を向けた。
 実物のなだらかな双丘とは打って変わり、写真の胸は弾力が凄そうな大きさになっている。
 あのストンと落ちる控えめさが彼女の黄金比だというのに、俺の撮った写真でとんでもない改悪をしやがった。
 しかも彼女が手を加えたのはそれだけではない。

「豊胸しただけならともかく、首から下は別人じゃないですか」
「えっ!?」

 うまく切り貼りしているが、顔以外は彼女の体ではない。
 彼女は意外そうに目を丸くしているが、俺が見落とすとでも思っていたのだろうか。

「なにを驚いてるんです。あなたの首はもう少し太いです。逆に肩幅は狭すぎで、腕もこんなに長くはないでしょう。ウエストの筋肉はもっとついてるはずですし、ヘソの位置も違います。太ももは筋肉つきすぎで、膝下はもっと長くてしなやかです。あと足のサイズ、デカくないですか?」
「なんで体型隠してるはずのワンピースパジャマでそんな詳細がわかんだよ?」

 不貞腐れたまま、彼女はとんでもない爆弾を落とす。

「あと、足のサイズは凛子ちゃんのだからチクっとくね」
「げえっ!? マジっすか……」

 彼女が名前をあげた女性は俺の母校の先輩である。
 必要最低限の接点しかなかったが、体育館のローテーションを巡って何度か揉めたことがあった。
 彼女は、その人に相当懐いている。
 おかげで、彼女を通してわずかながらに接点を持つようになった。

 またなにを言われるやら……。

 そっとため息をつけば、彼女は意気揚々と写真についてネタバラシを始める。

「ちなみに肩とオッパイは朱鷺音(ときね)ちゃんで、腕は瑠架(るか)ちゃん、太ももから足首までは桃(たお)ちゃんで、首とウエストと足が凛子ちゃん」
「なんつーもんを錬成してやがるんですか……」

 部分取りのセンス、エグすぎるだろ。

 そこそこの人数を巻き込んだ挙げ句、このとんでもキメラを生成してしまった経緯が気になって仕方がない。

「うまくできたと思ったんだけどなー」
「そもそも、なんでこんなもん作ろうと思ったんですか……」
「こんなもんとか言うな。誰にも負けない最強の選手がさらなる強さを欲して理想の肉体を手に入れていく、みたいな話をしてたら盛り上がった」
「……」

 思っていた以上にくだらなかった。
 まさか全員シラフだったとかではないだろうな?
 こんな議題、酒の席だけにしてほしい。

 薄っぺらい物語で生み出されたキメラに同情した。

「チューでも愛でも囁いてあげますから、人間のエゴで生成された悲しきキメラを早く解放してあげてください」
「うわ。そういう萎える展開求めてない」

 やかましいな?
 絶対シラフのはずの彼女が妙にダル絡みしてくるのも、意味がわからなかった。

「さっさと元の写真をよこしやがれください」

 とはいえ、どうせ口では彼女に敵わないのだ。
 だんだんと面倒になってきた俺は、彼女にむちゅむちゅと迫って強引に携帯電話を取りあげる。

「むぁっ、こらっ! 返せっ!」
「データ引っこ抜いたあとでなら、仰せのままに。それより、もっとちゃんとチューさせてください」
「んーっ!?」

 ジタバタと暴れる彼女にかまうことなく、俺は彼女にキスをした。

12/1/2025, 7:25:37 AM