いろ

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【声が聞こえる】

 真っ暗な洞窟の中を、手元のランタンの明かりを頼りに歩いていく。まるで迷路のように入り組んだそこへ入る時には、いつも義兄が一緒だった。洞窟の管理者を務める一族に生まれたあの人は、小さな横道まで含め複雑怪奇なこの洞窟の構造を完全に理解している。鉱石でも薬草でも、いつだって迷うことなく欲しい素材の場所まで俺を連れて行ってくれた。
 孤児だった俺を、なんの気まぐれか拾い『弟』として育ててくれる人。盗みも脅しもどんな汚いことでもやって生を繋いできた俺からすると、どうしようもないほどに馬鹿げた善人。
 いつもニコニコと笑っているあの人の苦しげな呼吸を思い出し、採取した薬草を詰めたウエストポーチをギュッと握りしめた。どうにか目当てのものは手に入れたけれど、帰り道がわからない。だけどそれでも、一刻も早く帰らなければ。高熱に浮かされながらも、俺を安心させようとするように「大丈夫だよ」と微笑んだあの人の元へ。
 気持ちだけが焦る中、どれだけ暗闇の中を出口を探して歩き回ったか。喉が渇きを覚えてきた頃になって、不意に遠く響く誰かの声が俺の鼓膜を揺らした。
 耳を澄ませる。必死に俺の名を呼ぶ声が聞こえる。男性としては少し高めで甘い、あの人の声。
「っ、兄さん!」
 大声で呼び返し、声の聞こえた方角へと走った。貴方の声はいつだって俺の道標だ。走って、走って、走って。
「馬鹿っ……! 何で一人で洞窟に入ったりしたの……!」
 目の前に光が差し込んだ瞬間、勢いよく体を抱きしめられた。触れた肌が火がついたように熱い。
「無事で良かった……」
 まだ熱が下がっていないのに、それでも貴方は俺のことばかりを心配する。安堵したように呟いて、そうして糸が切れたようにその場に座り込んだ。
「……ごめん、なさい」
 じわりと視界が滲んだのは、ようやく洞窟を出られた安心感からか、それとも結局貴方に無理をさせてしまったことへの不甲斐なさからか。大きな背中をギュッと抱きしめて、俺は滅多に口にすることなんてない謝罪の言葉を囁いた。

9/22/2023, 10:26:22 PM