手の中の、小さなストラップを握りしめる。
大切な友人とお揃いで買った、青い鳥のマスコットがついたストラップ。いつまでも親友でいようと願いを込めた大切なものだけれども、それは自分だけが思っていたことかもしれない。
ストラップを買ってから少しして、友人はいなくなってしまった。別れの言葉も言わず、姿も見せず。まるで最初からいなかったかのように、友人は姿を消した。
まだ幼かった自分はすぐには状況を理解できず、呆然と空き家になってしまった友人の家の前に立ち尽くしていた。その時、玄関の片隅に転がっていた手の中のこれと同じストラップを見つけてしまった衝撃と悲しみは今でも忘れられない。
小さく息を吐いた。強張る体から力を抜くように、手を開いてストラップを箱に戻す。
白い鳥のマスコットのついたストラップの横に並べて、戻らない昔を懐かしんだ。
閑散とした周囲は、今日も変わらず静かだ。
繰り返される天災に、住んでいた人々の多くは家を失った。家を直し住み続ける人もいるが、ほとんどはここを出ていってしまった。
仕方がないとは思う。土砂で埋まる家や、呆然と立ち尽くし泣く人々を見てきたからこそそう感じる。大切なものを守るためにここを出ることも、逆にここに留まり続けるのも、必要なことだろう。
それでも、一人、また一人と見知った人々がいなくなることは寂しい。その度にいなくなった友人を思い出し、自然と足は街の外れへと向いてしまう。
そこには友人の家が一軒だけ建っている。立地のせいか、友人がいなくなった後も誰も住むことなく今も空き家のままだった。
「あれ……?」
思わず立ち止まる。
二回の角、ちょうど友人の部屋があった場所の窓に灯りが点っているのが見えた。
ようやく買い手がついたのだろうか。少しだけ不思議に思いながらも、誰が新しい住民になるのか気になり近づいた。
玄関先まで来て、違和感に眉を顰める。
玄関ドアが開け放たれていた。しかし、人の気配は感じられない。
二階の窓に視線を向ける。灯りが点いていたはずの窓は暗く、誰かがいるようには見えなかった。
「久しぶり」
声がして、反射的に肩を震わせた
玄関に視線を戻す。先程までは誰もいなかった家の中に、人の影が見えた。
突然のことに動けないでいる自分を気にせず、人影がゆっくりとこちらに近づいてくる。玄関を出てはっきりと見えたその顔は、見覚えはないというのに懐かしい感じがした。
「久しぶり」
見知らぬ誰かが繰り返す。その言葉の響きに友人を思い出した。
「あ、えと……ひさし、ぶり?」
そう言葉を返すと、静かで柔らかな微笑みが浮かんだ。
「どうして……」
ぽつりと、声が漏れる。
聞きたいことはたくさんあった。
どうして何も言わずにいなくなったのか。どうして戻ってきたのか。
どうしてストラップを置いていったのか。
けれど、浮かぶ疑問は一つとして言葉にはならない。浮かべる笑顔の中に悲しみを見つけて、何も言えなくなってしまった。
無言で立ち尽くしていると、不意に手を取られた。握るような形で両手で包み込まれ、ぼんやりと視線を手に向ける。
冷たい手だ。濡れた土の匂いが鼻を掠め、目を瞬く。
ここ数日雨は降っていなかったのに、ここだけ雨が降っているようだ。ぼんやりとそんなことを考えた。
「ここには大切なものがあったから」
「大切なもの?」
答えの代わりに、包まれた手を開かれる。何も握ってなかったはずの手の中に現れたそれを見て息を呑んだ。
鳥のストラップ。自分のものと友人のものと、二つ寄り添うように並んでいる。
大切なそれらが水分を含んだ土で汚れているのを見て、理由も分からず涙が込み上げる。
「ひとつ、願いを叶えてあげる」
「願い?」
「そう。何でもいいよ」
そう言われても、思いつくものは何もなかった。
泣きながら、ストラップを見つめる。どんなに考えても思いつかず、静かに首を振った。
「私はこれがあるから、他には何もいらない。私以外の、大切なものを守ろうとここに残っている人たちのお願いを聞いてあげてほしい」
何故そんなことを言ったのか、自分でも分からない。けれど言葉に違和感や疑問は一つもない。きっとそれは、心から願っていたことなのだろう。
「分かった。でもそれはひとりじゃ難しいから、手伝って」
差し出される手に、ストラップを持っていない方の手を差し出した。冷たい手が繋がれて、ゆっくりと歩き出す。
「ずっと一緒?」
「うん。ずっと一緒」
優しい声に、ほっと息を吐く。ストラップを握りしめ、笑みが浮かんだ。
もう寂しくない。それが嬉しかった。
街の外れには、小さな供養塔が建っている。
山を切り拓いてできた街は、昔から地震や大雨の度に山が崩れてしまうことが多かった。
その供養塔は、とある一軒家の跡地に建てられていた。その家の親族が後に建てたものらしい。
不思議なことに、供養塔が建ってから山が崩れることはなくなった。そしていつしか、ある噂が街で囁かれ始めた。
――供養塔に願いを書いた紙を供え、次の日なくなっていれば、その願いは叶う。
誰が言い始めたのかは分からない。しかしその噂は街に広がり、供養塔に願いを書いた紙を供える者は後をたたなかった。
本当に願いが叶うのか、何故願いが叶うのか。それは誰も知らない。
噂では、供養塔に供えられた二つのストラップにつけられた鳥たちが願いを叶えているのだと言われている。
お互いを大切に思う鳥だからこそ、大切なものに関わる願いは叶いやすいのだと、街の人々は信じている。
20260402 『大切なもの』
4/3/2026, 3:47:20 PM