【秋恋】
夕食の後、自室でゼミの課題レポートを書いていると、妹がやって来た。
「お姉ちゃん! 明日出掛けるから、服貸して!」
「うん、別にいいけど」
断る理由もないので了承すると、妹は早速、私の衣装ケースとクローゼットを全開にして中身を漁り出した。
「明日、秋晴れで涼しいんだって。さっき天気予報で言ってた」
「へぇ、お出掛けにはちょうどいいじゃん。良かったね。――っていうか、なんで私の服? あんただって、服いっぱい持ってるじゃんか」
「いや、秋服といえばお姉ちゃんでしょ。私のは、お姉ちゃんほど充実してないからさー」
「え?」
妹の言っていることがよく解らずに首を傾げていると、
「だってほら、見てみてよ、これ。ここに入ってる服、全部秋っぽいダークカラーじゃん。春っぽいパステルカラーの服なんて一枚もないし」
「……言われてみれば」
妹が示した衣装ケースの引き出しには、薄めの長袖服――つまり、春用の服と秋用の服を一緒に入れているのだが、見事にダークカラ揃いだった。
「お姉ちゃんって、春でも暗い色の服ばっかり着てるもんねー」
「し、白とか着てるよ?」
「いや、白はオールシーズンいけるから別枠でしょ。――あっ、これにする! これ貸して!」
「うん、いいよ」
妹はダークレッドのカットソーを手に、笑顔で部屋を出て行った。
「…………」
静かになった部屋で、私は改めて自分の衣装を確認する。
(自分じゃ全然気付かなかったけど、本当に秋色ばっかりだな、私の服……)
自分の服飾に対する関心は、人並みかそれ以下だと思っている。
「色んな服を着てみたい」という気持ちよりは「自分の好きな服を着たい」という気持ちが強く、服を買う時にはあまり冒険をせずに同じ系統のものばかり買ってしまう方だ。
(――にしたって、これはちょっと偏りすぎでしょ……)
落ち着いた色が好きだ。
肌がイエローベースなので、秋色が似合いやすい。
でも、私がついダークカラーを選んでしまう理由はそれだけじゃなくて……
(ああ、そうか……)
(カイくんが、よくこういう服を「可愛い、似合う」って言ってくれたからか……)
ふと、記憶が蘇る。
思い出したのは、高一の時に付き合っていた、私にとっての初めての彼氏のことだ。
彼――カイくんと私は、同じ予備校の夏期講座に通っていた。
それが終わるタイミングで彼に告白され、私はそれを受け入れることにした。
彼のことを好きだったのかというと、正直よくわからない。
もちろんそれなりの好意は持っていたが、それは恋と呼ぶには淡すぎるものだった気がする。
単に、告白というものを生まれて初めて受け、舞い上がってOKをしてしまっただけなのかもしれない。
まぁ、何にしても、私たちは付き合うことになった。
違う学校に通う私たちのデートは、文化祭に行くことが多かった。
彼の学校の文化祭に私が行き、私の学校の文化祭に彼が来た。
他にも、同じ予備校に通っていて、私たちのことを知っている友達の学校の文化祭にもいくつか行った。
「なんか文化祭ばかり行ってるよね」なんて言って、更に近くの大学の文化祭に行ってみたりもした。
とにかく、毎週のように別の学校の文化祭に顔を出していた。
(デートのために、いっぱい服を買ったっけ……)
文化祭シーズンなので、欲しかったのは秋服。
衣料店の目立つところには冬服が並んでいて、秋服はセールのワゴンの中だったので、安くなったものがたくさん買えた。
(毎回違う服を着ていく必要なんかなかったし、服を買いすぎだってお母さんにも怒られたけど……)
カイくんは、やたらと服を褒めてくれる人だった。
それがとても嬉しくて、つい服選びに気合が入ってしまったのだ。
「…………」
けれど結局、カイくんと私は年明けには別れてしまった。
カイくんに紹介された彼の幼馴染のナミちゃんという女の子が、どうやら彼のことを好きらしいと気付いてしまって――
ナミちゃんはすごくいい子だったから、私はすぐに彼女と仲良くなってしまって――
彼女は何も言わなかったけれど、私は何だかだんだん心苦しくなってきてしまって――
そうこうしてるうちに、ナミちゃんの友達がこっそり私のところに来て「ナミちゃんのためにカイくんと別れて欲しい」と言ってきて――
それで、色々考えて……
自分の気持ちとも向き合った結果、私は身を引くことにした。
誰にも事情を語らないまま、彼に一方的に別れを告げた。
「私はナミちゃんほど、カイくんのことを好きなわけじゃない」――
「彼のことは好きだけど……その気持ちは、まだ恋に満たないような仄かなものでしかない」――
そんな結論を出して……あれから五年が経った。
カイくんとナミちゃんは、私が身を引いた一年後に付き合い始めた。
一方的に幕引きをして、カイくんの気持ちを無視してしまったことを申し訳なく思っていたので、その話を聞いた時は心底ほっとした。
二人が今もラブラブカップルなのはもちろんのこと、私とナミちゃんもあれからずっと仲良しでいる。
まぁ、要するに、ハッピーエンド、ということだ。
「…………」
(でも、今にして思えば……)
(私も気持ちも、恋未満ってことはなかったのかもね……)
無自覚に衣装ケースの中をダークカラーで埋めてしまう程度には、私の中に未だに彼の影響が残っている。
あの淡い感情は――きっとちゃんと恋だったのだろう。
―END―
9/22/2022, 9:05:23 AM