とある広間にて。
白い清潔なクロスが敷かれた食卓に
色とりどりの料理が並ぶ。
「こんなもの、もううんざりよ」
「だめです。女王様はたくさんの子を産むために、
ローヤルゼリーを召し上がらねばなりません」
「生まれてからずっと、こればかり食べてきたわ」
顔をそむけるクイーンに
困り果てたナイトは提案する。
「では、これを食べ終えたら、おやつに
野ばらの蜜をご用意いたしましょう」
その言葉に目を輝かせるクイーン。
野ばらの蜜と花粉は彼女の大好物。
何より、ナイトから口移しで与えられるのが
好きだった。
突然、働きバチの一匹が慌ただしく
駆け込んできた。
「侵入者です!」
ナイトが巣の入り口へ向かうと、
そこには二回りも大きなスズメバチが。
足元には、胴を噛みちぎられた仲間の亡骸。
ブンブンと羽音を響かせ、顎をカチカチと
鳴らすスズメバチに、若いミツバチたちは
ぷるぷると震えている。
そのとき——。
《わたくしの愛しい子どもたち、聞こえますか》
女王のフェロモンがコロニー全体に満ちた。
《美しき戦士たちよ、恐れることはありません。
我らの城を守りなさい!》
その声に鼓舞された兵たちは、
一斉に音を立て飛び立つ。
ナイトがスズメバチにしがみつき、
次々と仲間たちが続いた。団子のように取り囲み、
熱を発して敵の動きを完封。
やがて、スズメバチは絶命した。
勇敢なるミツバチたちは称えられ、先陣を切った
ナイトは女王のもとへ呼ばれた。
「あなたの功績をたたえて、
褒美を授けましょう。何がほしい?」
ナイトは一瞬ためらったあと、
長らく秘めていた想いを口にした。
「あなたです」
「わたくし?」
頷くナイト。
「あなたは皆のお母様であり、女王です。でも……
本当は、私だけを見てほしかった」
目を潤ませるナイトにつられて、
クイーンの頬も薔薇のように染まる。
二人の間に重い沈黙が流れた。
暫くして、クイーンがおもむろに答えた。
「役目を終えたとき、そのときは——」
芽吹きの春が過ぎ、
初夏の香りが立ちのぼる頃。
ナイトの体は衰えていた。あの日の戦いで、
力を使い果たしたのだろう。
飛ぶ速度も落ち、体力も続かない。
クイーンもまた、産卵数が減り、
食も細くなっていた。
働きバチたちはその事を察して王台を築いた。
新たな女王を育てるために。
戴冠式を終えて荷物を整えたクイーンは、
巣の入口に立っていたナイトの手を取る。
「行きましょうか」
「ええ」
長い間、暗い巣の中にいたクイーンは陽の光に
目を細めながら二匹は飛び立った。
それから彼女たちは色んな場所を旅した。
黄色い絨毯を敷き詰めた菜の花畑、
神社の手水舎で水分補給、
そしてお気に入りの庭へ。
そこにはローズマリー、セージなど
色とりどりのハーブや花が咲き乱れ、
りんごの花と野ばらの甘い香りが漂ってきた。
生け垣に咲く野ばらの薄桃色の花弁の上に
身を預け、大きく羽を伸ばす。
新鮮な風が頬を撫で、二匹は青空を見上げた。
「気持ちいいですね」
「そうね」
柔らかな陽射しと心地よい風に包まれ、
まどろむクイーン。
「わたくし、なんだか疲れたわ。
少しだけ眠るから……ずっと傍にいてね」
「かしこまりました。……おやすみなさい」
クイーンが深い眠りにつくのを見届けると、
ナイトもまた、ゆっくり瞼を閉じた。
こうして約束を果たした二匹は、花の香りに包まれ
ながら、静かに蜂生に幕を下ろしたのであった。
お題「約束」
3/5/2025, 12:25:16 AM