ひそかな想い


人知れず、心の中でそっと想うこと。

私の場合は恋の話だ。

何年か前に、当時の時勢やちょっとした行き違いが原因で会えなくなってしまった人がいる。

その人は私よりも四歳年下で、無口だが穏やかで、どこか人を包み込むような雰囲気を纏った人だった。

男の人にしては珍しいタイプだと思う。

だからこそ惹かれたのだろう。


彼と初めて会ったとき、どうしてか不思議なくらい初めて会った気がしなかった。

それは、例えるなら、長年生活を共にしてきた、家族とか、兄弟に感じるような安心感を覚えたからかもしれない。

いわゆる一目惚れしたときのようなドキドキ、キュンキュンとは別の、むしろ正反対の感情だった。

だからだろうか。

自分が彼のことを、恋愛として好きなのだと気付くまでに長い時間を要してしまった。

当時、生活全般に行き詰まりを感じていた私は、会う度、彼に心のモヤモヤを吐き出していた。

家族や友達にだって言えないようなことを、なぜか彼には言えてしまうのだ。

それが自分でも不思議だった。

彼は彼で、アドバイスするでもなく、忠告するでもなく、ただただ私の話を面白可笑しく聞いてくれていた。

ときどき、ポツリポツリと彼が自分の話をするようになったときには、もう二人の恋は始まっていたのかもしれない。

人は老いも若きも、みなそれぞれに様々な事情を抱えて生きている。

ときには、湧き上がる感情と目の前の現実とを秤にかけ、どちらか一方を選ばなければならないときもある。


最後に彼と会った日、彼は私の手をそっと握った。

一瞬絡んですぐに離れていってしまったその手は、想像以上に大きくて、温かだった。


少し前、風の便りで、まだお互いの生活圏が重なり合っていることを知った。

だからと言って、積極的に何かしようとは思わない。

けれど、もしも、いつかどこかで彼とばったり会ったときに、

「変わらず元気そうですね。」と笑ってもらえるように、今日も明日も明るく前を向いていたいと思う。

それが彼に抱く、私のひそかな想いだ。



お題
ひそかな想い

2/21/2025, 5:04:00 AM