「僕と、付き合ってくれませんか」
抱えていた薔薇の花束をひざまずいてそっと差し出す。キミは驚きながらも少しはにかんで僕に一歩近付く。
「よろこんで」
その言葉の後、まるで恋愛映画のエンドロールのように、タイミングよくどこからか風が吹いて僕らを祝福するんだ。
胸に花束を抱いたキミはじっと僕を見つめる。その瞳は微かに潤んでいる。僕はキミの頬に手をそえ顔を近づける。
そして、愛の口づけをキミに――――
「でっ」
物凄い衝撃を背中に受けた。頭の上でジリリリリとけたたましい音が鳴っている。ぼんやりしてる頭でも理解した。僕はベッドから落ち、この鳴り止まない音の正体は目覚まし時計だ。
つまり、つい今しがたまでのキミとの出来事は。
「全部……夢」
なんだよ。夢なら最後までさせてくれよ。悪態をつきながらゆっくりと起き上がる。今日の目覚めはとことん酷いものだ。あともう少しだったのに。畜生。
だがいつまでも夢に浸ってられない。いい感じに寝坊してるではないか。慌ただしく歯を磨き、顔を洗い着替える。時間を見たくて部屋のテレビをつけると、ちょうど占いコーナーが放送されていた。
『思いが通じる大チャンス?!ラッキーアイテムは薔薇の花束です』
「……まさかな」
今日、伝えろと言うのか。いつもは占いなんかに振り回されないのに、今日の結果はやたら気になる。薔薇か。確か大学のすぐ近くに花屋があった。寄るだけなら……いいか。まだ買うかは分からないけど、ちょっと覗いてみてもいいかもしれないな。
寝坊したというのに、僕は念入りにヘアスタイルを確認し、折角着たTシャツを脱ぎその代わりに一昨日買ったばかりの白いカッターシャツを身につける。一応、万が一の時のために身なりは整えておくべきだからな。
「よし」
鏡でいま一度自分の姿を確認する。もうこの時点で遅刻は確定。でも、今の僕にはそんなこと頭のどこにも考えちゃいなかった。
12/5/2023, 9:51:10 AM