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勿忘草


以前にも書いたことがあるが、私は認知症外来で看護師として仕事をしている。
毎日の暮らしでいろんなことが少しづつできなくなっていく患者さんと家族をサポート出来ればと日々思っている。

今回はある家族の話。
患者様であるお母様と娘さんが予約の日でした。
先生の診察前に症状を本人や家族に聞き取りをしていた時のこと。お正月後の診察だったので、「お正月の思い出は何かありますか?」と問いかけた。
すると患者様は「毎年餅つきをします。まあ杵と臼ではなくて器械ですけどね。」と教えてくれた。
たくさんのもち米を蒸して、鏡餅とのし餅を沢山作って配るらしい。大変だと言いながらとても嬉しそうに話していた。
すると娘さんが「うちの娘がね、ばあちゃんの餅は本当に美味しかったんだって気がついたって言ってたよ」と話し始めた。
遠方で暮らすお孫さんが、小さい頃から手作りのもちを食べていてその味が普通だと思っていたが、初めて市販のもちを購入して食べたら味の違いに驚いたそうな。
その話を聞いた患者様の本当に嬉しそうな顔。そうかい、そうかいと何度も頷き嬉しそうだった。
その後、娘さんと2人で話をする時間になると、こう切り出された。「母はもう餅を1人では作れません。もう何年も。ほとんど私がしたんです。でもね、ちょっぴりでしたけど作ったんですよ、一緒に。」と。少し寂しそうだった。
認知症では過去の記憶を今の記憶のように話すことがある。今回もそうだったのだろう。でもきっと患者様にとって、娘さんにとって餅つきは大事なエピソードなのだ。
お孫さんにとって美味しいもちはきっとおばあちゃんの手作りの餅。その時の餅つきの風景も。

忘れないでほしい、忘れたくない記憶。できなくなっていく日々。できないことも忘れてしまう。
その分娘さんがお孫さんがおばあちゃんの餅つきのことを語っていくのだろう。





2/3/2023, 9:21:01 AM