最高気温だけを考えれば、まさしく秋の足音こそ、お題の「遠い足音」に感じる物書きです。
今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
そのうちお父さんの狐は、なんと漢方医。
「狐だから人間の病気にあまり感染しない」という便利スキルを駆使しまして、
先のコロナ禍も、今のインフルエンザ流行期も、たまにこっそり患者さんに狐の漢方や狐の薬茶を処方しつつ、都内の病院で労働しておりました
が、
昨今の人間の医師不足だの、人間の病院経営難だののため、お父さん狐があんまり頑張りますので、
6連勤で7日目に早朝勤務だけして帰ったり、
3連勤を24時間体制で戦ったり。
要するにお酒でも飲まんと、やってられんのです。
「おやっさん、おやっさん。もう1杯ください」
ほら、今夜も稲荷神社の近くのおでん屋台で、
スーツ着て、酷く疲れた虚ろな目で、ぺろぺろ。
大古蛇の店主に、お酒を注いで貰っています。
「おやっさん、それから、餅巾着もください」
大古蛇の店主が出すお酒は、どれも逸品ぞろい。
それらに合うおでんも豊富なので、
お酒も、おつまみも、たいそう進むのでした。
「ああ……いい気分だ。天に昇るような心地だ」
ぺろぺろ、ぺろぺろ。
漢方医のお父さん狐は店主のお酒で、今週1週間分の疲れも穢れもナンヤカンヤも全部忘れて、
そして、夢心地になって、本当に魂がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、天に昇ってしまいました。
すなわち幽体離脱です。霊狐です。
『ああ、ああ……体が、かるい……』
お父さん狐がおでん屋台で、べろんべろんに酔っ払って、魂が体からパージしてしまうのは、
ぶっちゃけ、店主としては見慣れた光景なので、全然驚きませんし、気にしません。
ただ店主として困るのは、
コンコンお父さん狐、酔っ払った魂のまま、肉体を屋台に置いてけぼりにして、
魂だけで帰宅してしまうことが、よくあるのです。
そしてコンコンお父さん狐は、仁王立ちのお母さん狐にギャンと言われて、
急いで屋台に飛んで帰り、体を回収するのです。
その間、さすがに屋台を閉めるワケにもいかず、
お父さんの体を放っとくワケにもいかず。
ここでお題回収です。
お母さん狐、喫茶店をやってる本物の魔女のおばあさんに、ちょいと相談しまして。
魂がパージしたお父さん狐の体を、遠隔操作する魔法道具を仕立ててもらったのです!
え?ゾンビ?キョンシー?
ほら、ちょうど10月はハロウィンですし。
『はぁ。飲んだ、飲んだ』
その日も相変わらずコンコンお父さん狐、
ふわふわ宙を舞いながら、魂だけで、帰宅中。
『来週から、またお仕事だ。頑張らなきゃ』
魂と肉体が規定の距離だけ離れましたので、
ぴろん!置いてけぼりの肉体が、お母さん狐によるリモート操作で、ふらぁり、ふらぁり。
虚ろな目をして、歩き出しました。
お父さん狐の魂の耳に、遠い足音が聞こえます。
『おや?』
遠い足音は、ゆっくり、ゆっくり、
お父さん狐に近づいてきます。
『すごく、聞き覚えのある足音だ』
そりゃそうです。人間に化けた、お父さん狐自身の肉体が出す足音です。
遠い足音はゆっくり、ゆっくり、
お父さん狐の魂に近づいて、そして、お父さん狐を追い越して、自宅の神社へ歩いていきます。
『あれ。私の体。あれ、 あれ?』
ここでようやくお父さん狐、肉体をおでん屋台に忘れたまま、魂だけで帰宅していたことを自覚。
『待って、待って私!置いてかないで』
急いで自分の後を、追いました。
お仕事大変な漢方医の狐と、狐自身の足音のおはなしでした。おしまい、おしまい。
10/3/2025, 4:44:38 AM