ゆかぽんたす

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子供の頃は、“しょうちゃん”だなんて呼んで俺の後をついてきたのに。それも成長するにつれて無くなり、俺もアイツも互いに忙しい生活を送っていた。
別に、同じ高校に通っているのだから会えないわけじゃないのだが、俺は俺で、来月はインターハイが控えている。これに勝たなきゃ夏が終わる。だから毎日必死になって遅くまで練習に明け暮れていた。向こうも多分、部活が忙しい時期に入っているんだと思う。アイツと同じ吹奏楽部のヤツが練習がきついとかぼやいていたのをどっかで聞いたから。
「なあなあ。あの子、よくね?」
合宿で昼飯をとっている時だった。友人の1人が急に言った。指さす方向には――アイツがいた。何人か女子たちと談笑しながら昼を食べている。
「あーあの子な。結構可愛いよな」
「おい。俺が先に目つけたんだからな」
俺を挟んで友人たちが言い合っている。よくもまあ勝手なことを言えたもんだ、と呆れたが、勝手でいいのだ、とも思った。別に俺はアイツの何でもない。
「そいやショウタ、あの子と同じ地元だっけ?」
「ああ、まぁ」
「仲よかった?」
「……別に」
「なんだよー、仲よかったら紹介してもらおうかと思ったのによ」
誰がお前なんかに、と思った。アイツは相変わらず仲間と談笑している。涙が出るほどに笑ってるその顔を見て、ふと幼少期のアイツの顔が重なった。小さい頃も確かあんなふうに、顔をくしゃくしゃにして笑ってたっけ。幾つになっても面影は残ってるもんだな。同じ人間なんだからそりゃそうか。
もう随分と話さなくなってしまった。避けてるとかじゃなくて、互いに忙しくなってしまっただけ。そう思ってたのに、たまたま放課後廊下でばったり会った時、アイツの顔を見て初めてそうではないと分かってしまった。
「……あ、えと、久しぶり」
一本道の廊下のど真ん中で出くわした。俺もアイツも携帯をいじりながら歩いていたから、近くに来るまで互いに気がつけなかった。
「おう。元気か」
「うん、まぁ」
「そっか」
久しぶりなのに、会話はちっとも弾まず。明らかに空気が重かった。もっと、近況だとか学校生活での出来事とか、話題はたくさんある筈なのに、俺もアイツも視線が忙しなく動いていた。俺も挙動不審だったけど、アイツはもっとすごかった。慌てているというよりも、その表情は困っているふうだった。
「俺と話するの、嫌なわけ?」
気づいたらそんなセリフが口から出ていた。言ってしまってから、俺の馬鹿、と思う。これじゃまるで、喧嘩を吹っかけているようなもんだ。アイツもまた、目を見開いて俺を凝視してきた。
「……悪い、そういうんじゃないんだ。ごめんな」
「嫌なのは、そっちでしょ」
「は?」
「だって、全然話してくれなくなったから」
「おいおい待てよ。お前が今みたいな顔するから、煙たがられてると思ったんだよ」
「そんなこと、ないよ」
思ったよりも大きな声で彼女は否定をしてきた。でもそれっきりで、下を向いてしまった。なんなんだ全く。よくわからなくて、何を言ったらいいかもうかばなかったから、俺はただ黙っていた。そうしたら、彼女がこっちを見た。昼休みに見たような顔ではなかった。今にも泣きそうな顔だった。
「また昔みたいに話したいよ……しょうちゃん」
その呼び名を聞いて、不思議な感覚になる。言われ慣れていた、でももう2度と呼ばれることはないと思って思い出になったその名前が呼ばれて。時間の感覚が狂ったみたいな、変な感覚になった。でも、変だと感じていたのは最初のうちだけで、今度は別の感覚が俺の中を駆け巡ってきた。あったかいような、心地いい感じ。
「次の日曜」
「え?」
「土曜は部活だから、日曜。どっか行くか。どっかうまい飯食えるとこ」
「あ、うん……あ、ダメだ、日曜は私が部活」
「んじゃあ夜。お前が練習終わったら。同じ地元なんだから、夜でも平気だろ」
「……うん!」
「店はお前が探しとけよ」
「わかった。しょうちゃんも部活頑張ってね」
変わらないあの笑顔を最後に見せて、アイツは向こうへ歩いて行った。初めから、話をする機会なんて山ほどあったんだ。なのに部活だとかお互いの予定がだとか、言い訳みたいな理由をつけて適当にしてた。でも、お前のおかげでそれじゃダメなんだよなって気づいた。
色々、反省することもあるけどとりあえず今言えることは1つ。日曜が楽しみだ。

6/24/2024, 9:23:42 AM