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もっと知りたいな。

あなたのことを。


私はあなたのことがこんなにも好きなのに、
よく考えてみれば、あなたについて知っていることは本当に少ないんだなと思った。


全然知らないあなたについて、
私が知っている僅かなことは。


猫を可愛いと思っていること。

コーヒーが好きなこと。


そして、人を助けることを、
当たり前だと思っていること。


当たり前どころか、自分がやるべきことだ、
とすら思っていそうだけれど。

そのくらい、あなたは真っ直ぐに、正しく、
陽の当たる明るい場所で生きている人だ。


私を助けてくれたあの雨の日だってそう。
傘を忘れた私が困っているのを見て、
何の躊躇も無く自分の傘を差し出してくれた。

突然差し出された傘に戸惑いながら
思わず受け取ると、あなたは微笑み、一つ頷いて、
声をかける間もなく手提げの鞄で雨を避けながら、
走り去って行ってしまった。


あれから私は、あなたに傘を返そうと、
あの日出会ったこの喫茶店へ、
雨が降るたびに足を運んでいるけれど。

あなたは私にとって、あまりにも眩し過ぎて、
影から見ていることしか出来ない。

あなたにとって他人である私が、
あなたが猫を可愛いと思っていることを知ったのも、
コーヒーが好きだということを知ったのも、
この店であなたがマスターと話しているのを
聞いたことがあったからだ。

そして、このカフェへ傘を返しに来るお客さんの、
なんと多いこと。
人助けを当たり前だと思っているということも、
そこから知ったこと。
その証拠に、あなたにとって私は、
大多数の人の中の一人でしか無いからでしょうね。

何度も顔を合わせているのに、
あなたは微笑んで会釈をするだけで、
きっと私があなたに傘を借りているということに
気付きもしていないもの。


ああ、いつか勇気が出たら、
ちゃんと向かい合って、お礼を言って。
少しだけでもお話しができたらと思っていたけれど。


いつまでも傘を借りているのも悪いよね。


意気地の無い自分を恨めしく思いながら、
もうすぐ姿を見せるであろう、
あなたがいつも座っている
窓際の隅っこのテーブルへ傘を置いた。

メッセージカードに感謝の言葉を添え、
マスターに一声掛けて、店を出る。


いつの間にか雨は上がり、空には虹が架かっていて、
晴れやかな気持ちで路地を歩いた。



・・・---

「あれ?マスター。いつもの子、居ないね?」

「いつもの子、とは、どの子のことかな?」

「…意地悪言わないでくれよ、マスター。
 わかってるだろ?ほら、あの子だよ…
 いつもここに座ってる、猫みたいに可愛い…。」

「ふむ。その子なら、先ほど出て行ったばかりだよ。
 ほら、そこに置き土産を残してね。
 …コーヒーは淹れておくから、
 冷めないうちに追いかけて来たらどうだい?」

「…!!ごめん、マスター。ありがとう!!」




あなたのことを、もっと知りたい。


…その願いが叶うまで、あと数秒。

3/13/2023, 7:55:00 AM