→短編・女郎蜘蛛
あら? そろそろご出立なさるの? でもねぇ、ご覧くださいな。雨が……、まるでジョウロで振りまいているかのような大きな雨粒ですわ!
荒天もありなん、とラヂオのお天気予報通りでございますねぇ。まぁ、ご存知でらっしゃらなかったのですか? あらあら、まぁまぁ。
こんなお天気ですもの。もう少しごゆっくりなさっても宜しいのではなくて? お茶を淹れ直して参ります。渡来品の砂糖菓子もお持ちいたしますわね。
え? お茶はもういい? そんな、ご遠慮なさらないでくださいまし。え? そうではなく、朝からすでに何杯もいただいた、と。
まぁ! なんて謙虚なお方なのかしら! 訪問販売員をなさってらっしゃるとは思えないほど、内気なご性分ですのね。
あっ! わたくし、良いことを思いつきました! 夕餉をご一緒いたしませんこと?
え? そろそろ日暮れ前だから帰社をお考えに? まぁ、残念! 持っていらした包丁セットを全て購入させていただいて、当家の料理人たちに与えようかと思案していた矢先だったのですが……。お帰りになるなら、そのような込み入ったお話をするわけには参りませんわねぇ。本当に残念!
あら? 思案顔をなさって、可愛らしいこと。どうかなさったの?
まぁまぁ! もう少しお時間の都合がいただけそうですの!? 嬉しゅうございますわ! さっそく、新しいお茶とお茶菓子、それに夕餉の準備を指示いたしますわね。
ところで、少しばかり顔色がすぐれないご様子ですが、大事ございませんか? 身体が重い? あらあら、お薬に弱い体質でらっしゃるのね。
あぁ、独り言でございます。お気になさらないで。無理をなさらず、そちらの長椅子でお寛ぎくださいませ。
ご安心なさって。包丁セットはさっそく上手に使わせていただきますから。
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10/24/2024, 4:51:03 PM