村人ABCが世界を救うまで

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息が苦しそうだった。
「…何か食べましたか」
彼女は胸のあたりの衣服をぎゅっと握りながら、目線だけが返ってくる。あ、と男は返答が来る前に気が付いた。
「ああ、質問を間違えました。変なものを食べさせられてないか…です」
少しして、彼女の顎が上がる。
「飲ませられたかも…でも吐いたからもう何もないよ」
なんてこと。吐いてもまだ残っているということが、どれほど危険か…。

とりあえず怒りは置いておいて、息が苦しそうな彼女の背にそっと掌を置く。
「くそ、あいつら…」
と、彼女は呼吸の合間に恨み言を言うが…とても弱々しい。
「深く息を吸って」僕に合わせてと、伝える。どうしてこの人がこんなに苦しまなくてはならないのか。
脂汗が滲む中、彼女のすがるような目線は痛くてたまらなかった。

少しして、落ち着いてきたのを見計らい、隣に座る。そっと胸に抱き寄せた。
「や、やめ…」
抵抗する力がない。細い腕は酸素が足りないのか冷たくなり小刻みに震えている。彼女は息がまともに吸えないほど恐ろしい目に遭ったのだ。
「何もしませんよ」
「もうしない!」
一昨日のことを言っているのか。叩かれたような衝撃だった。
「惨めになるから嫌だ」
「貴方を惨めになんてしません」
「やめろ…」
優しくするのをやめてと泣いているかのようだった。
「何もしません。僕の心臓の音聞こえますか。4拍ごとに、ゆっくり呼吸。できますか」
子猫のような抵抗を取っ払い、もう一度、男の胸に、彼女を抱き寄せた。本当に痩せてて悲しくなってくる。
「な、なに…」
「聞こえますか、合わせてゆっくり呼吸を」
その瞬間、部屋の空気は水を打ったように静まり返った。
遠くの風の音。公園の湖の音。森の音。
全てが聞こえてくるようで、彼女の能力に恐れ入る。
彼女のまだ落ち着かない呼吸の裏に、世界に二人だけのような空間が滲む。

誰だって、欲しいと思うわけだ。

「ありがと」
普段の落ち着きが戻ってきた。涼やかな彼女の声が好きだった。
「さっき、変なことを言った…すまない」
「さて、何のことやら」
すっとぼけてから、彼女と目を合わす。少しばかり赤くて、見るなと照れ隠しのように俯く。白い首筋が見えて一昨日の声を思い出してしまった。細い肩の向こうに女が香り少し困る自分がいる。




耳を澄ますと

5/5/2026, 6:32:01 AM