もち

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#嵐が来ようとも




折れてしまうだろうと思った。

彼は、やさしい人だったから。
やさしくて、繊細で、断れない人だった。


彼の周囲はいつでも、森の奥のちいさな野原のように穏やかだった。
彼の人柄そのものだった。
争いを好まない人だった。
強く言い出せなくて、大声を出すのが苦手だった。
よく笑っていた。
くだらないジョークが好きで、周囲とはちょっとズレたテンポで、いつまでも面白そうに笑っていてた。


なぜ彼が、矢面に立つことを選んだのか。


わたしには分からなかった。
人には向き不向きがある。
彼は、明らかに向いていなかった。

悪意に晒されることに。
強い言葉で叩かれることに。
傷つけるためだけに尖らせた切っ先で、ズタズタに引き裂かれることに。

もっと向いている人はたくさんいた。
防御が上手い人、受け流すのが上手い人、彼より強い人はたくさんいた。

でも彼は、断れない人だった。
嫌だと言えない人だった。
彼に押しつけた彼の仲間たちを、ズルいと思った。




嵐が過ぎ去った原っぱに、
吹き溜まった落ち葉や枯れ枝の底に、
けれど、
彼はまだ、咲いていた。

やわらかくみずみずしかった葉っぱは傷ついて、花びらは何枚も吹き飛ばされて、
茎もひしゃげて、
それでも彼は、まっすぐ空をみつめていた。
嵐のあとの、明るくなりはじめた空を見上げていた。


彼は、強かった。
わたしが思っていたより、ずっと。


彼はまた笑うようになった。
ちぎれてしまった花びらはそのままだけど、
どこか吹っ切れた笑顔だった。
少しだけ、やわらかな茎にトゲを纏うようになった。
少しだけ、したたかな笑みを浮かべるようになった。


雲の切れ間から、夜明けの光が射していた。








7/29/2024, 2:07:05 PM