未知亜

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 隣室から凛子のギャッと叫ぶ声が聞こえた。怪我でもしたかGが出たかと、私は勇者の足取りでリビングに駆け込む。
「降ってきちゃった! ごめん、手伝って!」
 ベランダから呼ばれ、バケツリレーの要領でしばらく洗濯物を受けとる。すべて取り込み終えると、「今日降るなんて言ってなかったのにい」と唇を尖らせた凛子が、シャツの袖をパタパタ払って窓を閉めた。
「すぐ呼んでくれて良かったのに」
「今週はあたしが洗濯当番だし、つかさ、会議中かと思って」
「え、凛子こそ、明けじゃなかった?」
「そーだけど。夜勤の翌日は休みだからあんま寝すぎてもね」
 取り込んだピンチハンガーをカーテンレールに掛けて、凛子が外を眺める。
「こうやって部屋の中から音聞いてる分には悪くないんだけどねえ、雨」
「出かける予定はないんだし。好きなだけ包まれなよ、雨音」
「そーしよっかなあ」
 キッチンに入った私は、凛子にケトルをかざす。
「ついでに一休みするよ。珈琲飲む?」
 文庫本を開きかけた凛子がソファから子供みたいな顔で振り向いて、「のむー! ありがと!」と笑った。


『雨音に包まれて』

6/12/2025, 9:58:42 AM