「春一番の風に吹かれて」
小さな町に暮らすリオとハルは、子どもの頃からいつも一緒だった。学校へ行く道も、放課後に寄り道する公園も、何もない日々を語り合った真夜中も、全てが二人にとって特別な時間だった。
リオは快活でいつも前を見ているような性格だったが、実は誰にも言えない弱さを抱えていた。そんなリオを支えるのは、冷静で芯の強いハルだった。ハルはリオの夢を誰よりも応援し、彼が迷う時にはいつもそっと背中を押してくれた。
ある年の春、二人にとって大きな転機が訪れた。リオはずっと憧れていた都会の大学に進むことを決め、一方でハルは地元に残り、家業を継ぐ道を選んだ。
「夢を叶えたいんだ。でも……ハルと離れるのは寂しいよ。」
リオがそう言った時、ハルは笑って言った。
「離れるからって絆がなくなるわけじゃない。むしろ、これからが本当の勝負だろ?」
その言葉に救われるような気持ちでリオは旅立つ準備を進めた。しかし、春が近づくにつれ、二人はこれまでの思い出を何度も振り返った。ぶつかり合った喧嘩も、くだらない冗談を言い合った夜も、涙を流しながら励まし合った瞬間も、すべてが愛おしかった。
旅立ちの日がやってきた朝、二人は川沿いの桜並木で再会した。桜の蕾はまだ硬いままだったが、春一番の風が吹き、どこか暖かな香りを運んできた。
「ハル、本当にありがとう。ここまで来れたのは君のおかげだ。」
「リオ、感謝なんていらないさ。君が強くなる姿を見てきただけだ。」
別れを惜しむように立ち止まったリオに、ハルは少しだけ強く言葉を続けた。
「忘れるなよ、夢を追う途中で迷うことがあっても、ここでの時間を思い出せ。俺たちはきっと繋がってる。」
リオは頷きながら、胸に込み上げるものを抑えた。そして二人は、もう一度だけ笑い合った。最後に「さよなら」とは言わず、背中を押すような言葉を交わした。
電車に乗ったリオが窓越しに見たのは、風に揺れるハルの姿だった。その手には一枝の桜のつぼみが握られていた。いつかこの蕾が満開の花になる頃、また会おう――そう胸に誓いながら、リオは新たな旅路へと走り出した。
春一番の風が吹き抜けるたびに、リオはハルとの日々を思い出し、その絆を心に刻み続けた。それは彼がどんなに遠くへ行こうと、迷わないための灯火となっていた。
やがて桜並木は満開を迎えた。その下で、リオとハルが再び笑顔で立つ日が訪れる。二人の絆は、あの春の風に吹かれた桜とともに、これからもずっと咲き誇るのだろう。
1/12/2025, 1:47:15 AM